■夢の中−空飛ぶたけし

 



私は昨日、愛媛の実家から少し離れた山の山頂で一人地上を見下ろしていた。



小学生の私は、その日の朝早くに実家の納屋で
ジェットパック(背中に背負って空を飛ぶ器具)を見つけたのだ。
テレビや映画でその器具が何なのかすぐ悟った私は有頂天になった。
近くのスーパーに駐車している車からホースでガソリンを抜き取り、ジェットパックを満タンにした。
燃料を満タンにしてもことのほか軽いそのジェットパックを
遊び場である山の山頂まで自転車に乗せて運んだ。



ジェットパックは自転車のハンドルのようなものがついていて、
なぜか両手を後ろに回して不自然な姿勢でアクセルを回して操作する。
ためしに私はアクセルを回してみた。
すると私の体は僅かに宙に浮いた。
私は助走をつけて山の斜面を駆け下りながらアクセルをギュンと一気に回した。
2mほど宙に浮いたまま私の体はゆっくりと地上まで吸い寄せられるように滑空した。

どうやら地上から2mが限度らしいが、ディズニーランドどころか
遊園地さえ知らない小学生の私にはスリル満点で未知の体験だ。


たちまち私はサルのように夢中になった。


ところがそれは上から下へと滑空することはできても、
下から上へ飛ぶことが出来ないらしく飛んで元の場所に戻ることが出来なかった。
一度地上まで降りると今度は山の頂上まで徒歩で戻らなければならなかった。
それでも子供の自分にはそんな苦労も一瞬の快楽のためなら何の苦もないことだった。
何度も何度も飛んでは駆け上がり、飛んでは駆け上がりを繰り返した。
そして何度目だったか、山の頂上から踏み込んで空を舞った瞬間・・・


左の噴射口の火が消えた。


大きくバランスを崩したかと思うと、
私の体はものすごい勢いできりもみして、明後日の方向へすっ飛んでいった。


グワシャ!!


グルグルと糸の切れた凧みたいに回ったかと思うと大木の茂みに突っ込んだ。

「くそ〜〜」

舌打ちしながら見下ろした。
私は地上から10mも離れた木のてっぺんに吊されていた。
ここから落ちたら死ぬかもしれない。



まずいことになった・・・。



私はオシッコもらしそうになりながらない知恵をしぼって考えた。
そこに大きな影が立ちふさがった。
鳥だった。
巨大なその鳥は私のシャツの襟をくちばしで掴み、上空へと舞い上がった。


「ええ鳥さんがボクを助けてくれるんじゃね!!」



私は呑気なことを考えてホッと胸をなで下ろした。
しかし当然鳥は私のことを助けようとなど考えるはずもない。
何故か更に大きな木の枝に私の体をひっかけた。
そしてどこかへ飛んでいってしまった。

私は飛び去っていく巨大な鳥の正体を思い出した。
その鳥はモズだった。
モズは獲物をいつでも食べられるように木の枝に刺して保存する習性がある。
いわゆる“モズのはやにえ”だ。


私はモズの保存食となったのだ。



「早よ逃げんと生きたまんま鳥に食われるがね!!」



私はパニックになった。


そこに誰かが現れた。
巨大なコオロギだった。


額の狭いその昆虫は言った。

「あんたが捕まってくれたけん、わいが助かったぞね」

「見とらんと助けてんや!」

「そなん深う突き刺さっとったら無理じゃがね」

「誰か呼んで来てんや!!」

「そなん言うじゃったら誰か呼んでくるがね。待っとらんかい」

コオロギは青々とした無精髭をゾリゾリとこすりながらダルそうにどこかへ消えていった。


長い時間が過ぎた。


私はオシッコがしたくなった。
しかし両手は枝にひっかけられているので使えない。
ガマンできないからズボンの上からした。
気持ち悪いけど背に腹は替えられない。




さらにしばらくしてからやっとまた誰かが現れた。
小うるさい騒音とともに現れたのは巨大なハエだった。
ハエはスリスリと小刻みにもみ手しながら嫌らしい笑みを浮かべた。
吐く息が臭い・・・。


「へっへっへ、兄ちゃん。何しとん?」


「“何しとん”って・・・。あんた助けてに来てくれた人と違うんでー?」

「そうじゃ。アホのコオロギが教えてくれたんじゃ。“マヌケな金づるがおる”いうて」

「ボクのことかね?」

「あんたしかおらんがね、マヌケゆうたら」



“ここらの虫はこんな生意気なやつらばかりかね・・・”




私はムカついたがガマンして助けを乞うた。


「助けてん」


「なんぼ持っとんぞ?」

「・・・なんで?」

「タダじゃ助けられんがね。金ないんかね、金?」

「ないんじゃけど・・・」

「じゃったらいかんねぇ」

「そなん言わんと助けてんや!! 家帰ったら払うけん!!」

「今払うてくれんといかんよ。逃げるかもしれんしねー」


「こっ、これあげるけん!!」


私はあわててかろうじて手の届く胸ポケットからキャンディーの包みを2つ取り出した。

ハエは落ち着き無く首を何度も傾げながら私の手の中のキャンディーを見つめた。

ポツッとつぶやいた。



「溶けとるがね・・・」



「ほじゃけどちゃんと食べれるぞね。キャンディはキャンディじゃ!!」

「のぅ、兄ちゃん。いつまでそなんこと言うとるつもりぞね?
 やっこさん帰ってきたらアンタ食べられてしまうんぞね。
 出すもん出したら助けたげるがね」


「ほじゃけんど、ないもんはないんじゃ!!」

「ええか、兄ちゃん。モズに捕まる人間いうたらみんな意地汚いヤツばっかじゃ。
 兄ちゃんもどうせそうじゃろ」

「何言うとんぞね!!」

「悪いけんど金にならんことはせんのじゃ。ほいじゃのー」

ハエはやかましい羽音とともにどこかへ飛び去っていってしまった。



「わぁーーーー!! 助けてーーーー!! 置いてかんといてやーーー!!」


私は泣きじゃくりながら叫んだ。
いつの間にか陽も暮れて陰気な闇が辺りを包み込んだ。
山犬の飢えた鳴き声があちこちから聞こえてきた。
私は恐ろしさに震えながらも、泣き疲れていつの間にか眠り込んだ。
巨木の枝にぶら下がったままで。






うだるような熱気で目を覚ました。
私は鳥の胃の中にいた。
胃壁のガラス窓から受付の寄生虫がこっちをにらんでいた。


「あんた、いつまでそこで寝とるん? 早う次の場所に流れてってくれな」




次は腸まで自分で歩いていくらしい。
私は消化されなくてもいいことにホッとしつつ、
最大の難関が待っていることを考えた。


モズの肛門をくぐる難関を。


・・・・憂鬱になった。




「早う次に行ってくれんと後がつかえるがね!!」


メガネ面の神経質そうな寄生虫はわめき散らした。


「・・・・はい」


私は力無く返事して胃袋の階段を降りていった。

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