■夢の中−慰安旅行




「おーーーーい、おまえらーーー!」

呼んでみたが友人達の姿はそこになかった。

日頃の仕事の疲れを癒すために友人の2人は
 なかば強引にボクを誘い、3人で地方の温泉街にやってきた。
男同士が旅に出るというと大抵女の話になる。
旅館に着くやいなや、案の定友人達は

「野郎ばかりじゃムサいからな」

と言うと街のほうに消えていったのだが、
 どれだけ手際がいいのか、30分としないうちに3人の女の子を連れて旅館まで戻ってきた。

 

まだ夕方で空もまだ明るい。
浴衣のまま街に出掛けて女の子をひっかけて連れてくる友人達はすごいが、
 ただただ温泉に入ってくつろぐだけのつもりだったボクは
 意表を突かれていい歳してドギマギしてしまった。
そして気がつくと友人2人は女の子とともにボクの前から姿を消していたのだ。

「おーーーーい、どこ行ったーーー!?」

あたりを見渡したが2人の姿はなかった。
車の通りもまばらな車道の向こうには広大な海が見える。
雨こそ降らないものの波は荒れ気味で、
 漆黒の荒波が容赦なく海岸の岩場にぶつかり大きなしぶきを上げていた。

ふと車道のガードレールの側に浴衣姿の女の子がこちらを見ているのに気がついた。
ボクの着ている浴衣と同じものだ。
女の子は伏見がちに歩いてくるとボクの側まで来て言った。

「あの・・・置いてけぼりくっちゃって・・」

たぶん20代中ばくらいだろうか。
つり目がちで、ワンレンの黒髪。
あまり美人とはいえない容姿で、
 物腰もオドオドしていて、目立たない感じの女の子だ。
ボクよりはるかに小さな体で、
 肉付きもすごく痩せていて、
 しかしチョコンと突っ立ってる感じがかわいい。

大きな白い花の髪飾りをつけていた。

どうやら彼女達もボクたちと同じ旅館に泊まるらしく、
 そのこともあって“旅の恥は掻き捨て”とばかりに気軽に誘いに乗ったらしい。

“どうしていいかわからないが、なんとなく人恋しい”

一人残された彼女もボクと同じ心境のようだった。
イケイケの友人2人の流されたものの、慣れないことに緊張しきっているのがわかる。

「あの・・・わたし、ゆかりといいます・・」

「あ・・ボクはたけしです」

2人で荒れ模様の海の側を歩いた。
彼女はおとなしい外見とは裏腹に抑圧していた感情を吐き出したのか、
はたまたボクが話しやすいのか、思いの外よく自分のことを話した。

「それでその上司がわたしの仕事をうまくくすねるの。
 女は“コピーか茶入れてればいい”っていうようなオッサンなの」

「ずっと男社会だったからね・・。今でもそういうの生き残ってるかもしれないね・・」

「せっかく努力して手に入れた仕事も、そいつの口八丁手八丁で横取りされちゃうの。
 そのバカ上司ってセクハラもすごいの。
 こないだも“ゆかりくん、生理キツかったら帰っていいんだぞ”って大きな声で・・」

「同じ男として恥ずかしいね・・」

「もうね、お茶くみとかコピーばっかとる仕事なんかやりたくないの。
 自分の存在意義ってどこにあるんだろうって思っちゃって・・・」

「・・・・・」

「あ! ごめんなさい!!
 たけしさんも男だからこんな話したら気分悪いよね。
 なんだか開放的な気分だったもんだから・・・」

「いいよ、よくわかるよ・・」

「たけしさんは仕事楽しい?」

「う〜〜ん・・・あんまり仕事を楽しいって思うことはないけど
 仕事がないと人間成長しないかなぁとも思うね」

「遊んで暮らしたいとか思わない?」

「それはいつも思うけど、実際それをしてみたらすごく空しかったっていうのがあって・・」

「そうなんだ・・」

「女の子は特に大変かもしれないけど、男は男で大変だよ。
 みんな大変なんだ」

「そうだね」

「でもがんばってれば誰か見てるから」

「“誰か”って?」

「誰かだよ。友達かもしれないし、上司かもしれないし。
 ボクだって見てるよ」

「そうなのかなぁ・・。毎日同じことの繰り返しでウンザリするんだけど・・」

「辛いことは成長するための肥だからがんばって乗り越えようよ。
 生きてればつまんない人にもたくさん出くわすけど
 それには全て意味があるからね」

「“意味”って?」

「さぁ、それがボクにもそれがまだわからんのだけど・・・」

「なにかの宗教でもやってるの?」

「昔やってたけど」

「あんまりこういう話できる人が周りにいないからたけしさん話しやすいです」

「あんまり勇気づけられるような話できなくて・・。ボクは変わってるから・・・」

「・・・なんだか落ち着けます」

「そう?」

「あたし田舎から出てきてもう2年になるけどこっちに馴染めなくて・・」

「出身はどこ?」

「新潟です」

「そうなのか。てっきりこっちの人と思ってたけど」

「・・・東京は楽しいですか?」

「不都合はあるけど・・・それはどこでも同じだから。
 都会に住んでれば“どこ行っても人だらけ!”ってウンザリするし、
 田舎に住んでれば“遊ぶとこがない!”ってわめくし。
 人間って勝手だよね」

「たけしさんはどこですか?」

「愛媛」

「四国の? でも関西弁なんですね」

「関西も長いから」

「都会はなんでもあるけど
 なんにもないんですよねぇ・・・」

「サラリーマンより物書きなんかのほうが向いてるかもしれないね」

「え、わたしですか? そうですか? どんな仕事?」

「わかんないけど・・小説家とかライターとか・・」

「え〜〜、今まで考えたことなかったなぁ! なんだか希望が湧いてきました!!」

「・・いや、なにもそこまで・・・」

「話の種としても、今まで言われたことなかった言葉だから
 なんだか目から鱗が落ちたような」

「新しい道が開けるといいね」

「はい。なんだか気分がいいです」

彼女は少しうつむいて何か考えるような仕草をして、
少し恥ずかしそうに言った。

「あの・・今日は恋人同士ってシチュエーションでいいですか?」

「“シチュエーション”?」

「友達2人もきっと夜はその・・・あなたの友達と一緒だと思うんです。
 わたしたちもどうせだったらただ遊ぶだけなのはさみしいから
 今日一日恋人みたくしませんか?」

「うん、いいよ」

割り切ってるのはお互い様なのだ。

 

彼女は両腕をボクの首に回すと、自分の体をボクに密着させた。

男と女が二人きりになればすることはひとつなのだ。
旅先ではあとくされがないから誰でも大胆になれる。
きっと彼女もそうだ。

「・・・いつもこんなことするわけじゃないんです・・」

そうつぶやく彼女をぎこちない手で抱きしめると
ボクはそっと彼女の首筋に口づけをした。
ふと、彼女の首筋に無数のキスマークがついているのに気がついたが無視した。
彼氏のものなのか、誰の男のものなのか。
あえて聞かないのも無言のルールなのだ。

目を閉じて彼女の体の匂いを吸い込んだ。
香水の香りはしなかった。
春の野に咲くれんげやたんぽぽや緑の香りだった。
懐かしい故郷の懐かしい匂いだった。
ボクは彼女をさらに強く抱きしめた。
彼女の唇がボクの浴衣の中をまさぐり始めた。

そういえば今日は汗をものすごくかいた。
自分の体がすごく臭いことを思い出して彼女の体を離した。

「今日、風呂入ってないから」

すると彼女が言った。
「私もよ」

 

「恋人なら気にしないわ。

 私たち今夜は恋人でしょう?」

 

 

とてもいい雰囲気のところにドンピシャのタイミングで
ボクたちの体を高波が襲った。
2人の体は海水でぐしょぐしょになった。

「つめた〜い!!」

「旅館に戻ろうか・・」

「ううん、もう少し歩かない?」

「いいけど・・。タオル持ってくるよ」

そういってすぐ側の旅館までタオルを借りにもどった。
バスタオルを借りて彼女のいる場所にいくと・・・
彼女の姿はなかった。

「・・・ゆかり?」

見回せど彼女の姿はどこにもなかった。

ふと真っ黒な荒れ狂う海面に目がとまると
そこに白い花の髪飾りが浮かんでいた。

「ゆかり!!」

高波にさらわれたのだ。
ボクはなおも叫んだ。

「ゆかりーーーー!!」

 

 

すると灰色の空の雲の隙間から誰かの男の声がした。

 

「申し訳ありません。伊藤は本日不在です。ご用件は上司のわたしが伺いますが?」

 

これがゆかりの言ってた嫌な上司の男の声か。
この調子でいつもゆかりの仕事を横取りしているんだな?

「きさまなど呼んどらんわ! ゆかりはどこだ!!」

「どうでしょう・・。今朝わたしの自宅を出てから一体どこに行ったんだか・・・」

 

・・・・“自宅”?

ボクはとっさに考えを巡らせた。

 

 人の心の不思議。
 人というものは自分の心とは裏腹にこのように身勝手な行動を取るものだ。
 なにをやってるんだ、ゆかり。
 おまえの敵はこいつじゃないのか。
 なんで一緒に寝れるんだ。
 分別がないのか。
 おまえは動物か。

ボクは叫んだ。

 

「ゆかりーーーーーーーーーー!!」

白い花の髪飾りが暗い波間でユラユラと笑っていた。



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