■ボクを置き去りにして・・・

ずっと前に、結婚を考えた彼女がいた。
かわいくて、元気で明るく、家庭的で、情に厚く、そして一生懸命だった。
早足で歩く私をちっちゃい体で追いかけ、たしなめては、ひょこひょこと駆け寄り、
ピッタリと寄り添うようにしてくっついて歩いた。
私が彼女を傷つけても彼女は決して怒らなかった。
ただ捨てられた子犬みたいなさみしそうな目で私を見つめた。
知らない人だらけの場所に取り残されて、母親の姿を探す子供の顔だった。
私は彼女のその表情がトラウマになっている。
その彼女ヨシコ(仮名)がひさしぶりに夢に出てきた。



夢の中で私とヨシコは二人で旅行に行く準備をしていた。
どうやら旅行前日のようだ。


「好き?」

「何を言っとる」

「好きぃ?」

「・・・・・うん、好き」

「愛してる?」

「・・・そんなん言われへん」


夢の中でも私は“好き”は言えても“愛してる”とは言えないシャイな小市民だった。
二人は荷造りしていた。
しかし、二人の持ち金が少ないので

「あたし、お金かせいでくる」

と言ってヨシコは外へ出かけていった。
翌日待ち合わせの駅で待っていると、彼女はデパートの手さげ紙袋を
両手で持ちながらひょこひょこと歩いてきた。
手さげ袋の中身を覗くと、なんと1万円の束がこれでもかというくらい入っていた。
5、6百万・・はあるだろうか・・。
彼女は笑顔で言う。

「パチスロで大勝ちしてん。これだけあったらお金に困らんねっっ!」

金の心配がなくなった私達は、海上を走るモノレールみたいな電車に乗った。
電車は雲一つない蒼天の下、銀色に輝く海の上を突っ走っていった。


電車の中には平和な表情をした品のいい客達ばかりだったが、
その中に唯一柄の悪そうな・・・・・・というか行儀の悪い客の一行が車両の奥を占拠していた。
見ていると、ほじったハナクソを飛ばし合ったり、
コーラ飲んでわざとこれみよがしにゲップしたり、大声でエロい話に花を咲かせたりしている。
その中の一人が私達を見つけて声をかけてきた。

「YO、おまえらカップルか? どこ行くんだ、メーン」

一人の白人の男が話しかけてきた。
「海の見える温泉街です」
「なんだ、おれらと同じとこじゃねぇか、ブロー(兄弟)」
私は心の中で思った。
“なんでブラザーなんだよ・・・”
「慰安旅行なんだよ。普段ムチャさせてるこいつらの疲れを癒してやるんだよ」
仲間を指さし男は言った。

そのなれなれしくも気のいい男はこのグループのリーダーらしい。
私と愛想良く笑顔で答えるヨシコのことを気に入ったらしく、
目的地まで仲間を引き連れて私達の側に居座ってしまった。
どっかで見たことある顔だと思ったら、
しゃべりかけてきたその男は“ジャッカス”のジョニー・ノックスヴィルだった。
どうりで意味もなく客席にぶち当たったり、タバスコを一気飲みしたりするわけだ・・。
全員アロハシャツのチンピラみたいな格好なのだが、彼らの言うことには彼らは“海賊”なのだそうだ。
どこが海賊なのか分からないが、とにかく自分達でそう言っていた。

「おい、見ろ見ろ!! ヒャッハーーーー!!」

そう言ってジョニーは自分の乳首に電気を流し、うれしそうに悲鳴を上げた。


目的地に着き電車を降りた。ヨシコはすでに前方をトコトコと歩いていく。
私はヨシコの後を追いかけようとして、ふと立ち止まった。

「あ! しもたぁ!!」

電車の中に札束の詰まった紙袋を忘れてきてしまったのだ。
あわてて電車に飛び込もうとすると、ちょうどドアが閉まるところだった。
電車は走り去ってしまった。私達の旅行資金を乗せて・・。
私はパニクって、ヨシコのほうを見た。曲がり角でヨシコも私のほうを見ていた。

「早う来て」

「あっ、あかん。電車に金忘れてもうた!!」

「お金なんかええから、行こ?」

「ほやけど金が・・・」

「お金なんてもうええよ。2人だけおったらええやんか」

「ほやけど、あれがないと!!」

そう言いながらも私はヨシコの後を追わなかった。
金のほうが気になってしょうがなかったのだ。
自分の彼女よりも金のほうが大事だったのだ。
ヨシコは私のことを、あのさみしそうな目で見つめた。
ゆっくりとうつむいた。
そして向きを変えると、すぐに曲がり角に歩き去っていった。
消えていった。

「ヨシコ! 待ってくれ!!」

視界からヨシコが消えたことで、私は初めてあわてて彼女を追った。
追いながらも私が考えているのは金のことばかりだった。
旅館に着いてもヨシコの姿はなかった。


とりあえず旅館の主人に事情を説明して、駅に連絡したいと言うと電話番号がわからないと言う。
全く融通の利かない、力になってくれそうにない主人に愛想をつかし私は駅に走る。
「ボクの荷物を確保してください」
息を切らして訴える私に、駅員は冷ややかに言う。
「できません」
「え、なんでですか?」
「車両の電話番号がわかりません」
なんで1本しかない電車の連絡先が分からないんだ・・。しかも電話番号??
駅員も力にはなってくれそうにない。
しかたなしに旅館に戻り、ヨシコの姿を探すがどこにもいない。


「なんだ、おまえもここだったのかYO!」

ジョニーが私を見つけて走ってきた。
「YO、風呂入ろうぜ、風呂!!」
「いや・・・ボクそれどころじゃ・・・」
「何言ってんだ。いいから来いYO!!」


強引なジョニーに手を引かれ私は風呂に入った。
そこにはジョニーの仲間が勢揃いしていた。
全員はしゃいで、タライでフリスビーしたり、湯船でバタフライしたり、
石けんの上に乗ってタイルの上をサーフィンしたり、
体を洗っているおじいちゃんの頭の上に自分の“おいなりさん”を置いてイタズラしたりしている。
NOと言えない日本人達の前で、おバカな外人悪ガキ集団は悪虐の限りを尽くした。
そして、高場から湯船に頭からダイブしたジョニーは
水深のない浴槽の床で頭を打ち、湯船に深紅の花を咲かせた。


楽しいはずの旅行が到着早々、陰鬱な気分に包まれてしまった。
ヨシコはどこに行ってしまったのだろう。
自分のことより金に執着する私に愛想を尽かしたのだろうか・・。
そして金も彼女もいなくなってしまった。

悪ガキ達の飛ばす水しぶきが私の顔を濡らした。
騒々しさにもめげずに私は物思いにふけった。
私の側には口からお湯を吐き出すライオンのかわりに、
両目からお湯を流す巨大な金色の大仏像が鎮座していた。
私はお湯の涙を流す大仏の顔を見つめた。

「仏さん、オレが悪いんですか・・・?」

大仏は無言でうなずいた。
うなずいたと思ったのは間違いだった。
倒れてきたのだ。

私は重くて巨大な大仏像の下敷きになり湯船の中に沈んだ。
大仏のかざした手が私の頬をグリグリと押し据えた。

・・・息ができない。

ボコボコと水の音に混じって、どこからか声が聞こえてきた。
ヨシコの声だった。


「お金はあげるから・・・。元気でね」


電車のドアの閉まる音がした。

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