チャプター1

 




「うん・・・・うん。ちゃんと食べてるよ。

  ・・・・・・まぁまぁうまいよ。君のには負けるけどね。

  ・・・アハハ、本当さ。 ・・・・うん、大丈夫。

  あ、サボテンにたまに水やるの忘れないでくれ。

  ・・・うん? いや、ちょっとだけでいいんだ。

  ・・・ダメだよ、毎日も水やると腐っちゃうって」



夜9時過ぎ。男は妻にかけた電話を切るとベランダに出た。
そこから見渡すオレンジ色に照らされたビルの壁面、
アリの群れのように行き来する人と車の群れ、あいかわらずきらびやかで騒々しい都市の景観。
今日はまだ祭の最中だ。
この時間でも通りは人でごったがえしている。
うらやましいよ。
ボクも呑気にビール飲みながら陽気にはしゃぎたいもんだね。



彼は風変わりな題材を扱う劇作家だ。
そのシュールな題材とコミカルなシチュエーションの味付けからコアなファンを持っていた。
彼はしかし、このところネタに詰まっていた。
妻と娘一人を養いつつも思うほどのギャラを手にすることは出来ない。
だがこの仕事に誇りを持ち、第一に仕事を愛していた。
よく出来てはいるが心配性な妻と、好奇心旺盛な年頃の娘のもとでは筆もはかどるまいと、
家族から離れて宿泊しているこのホテルであるが、
都心に位置する割には静かでサービスにも満足しているため、
ここはその都度利用しているお気に入りの場所なのだ。


今日はチェックインしてからまだ3日目であるが、彼は早くもホームシックにかかっていた。
妻のつくる抜群のチョコレートケーキを食べ、かわいい娘と一緒に風呂に入りたい。
とりわけ娘のほっぺたのプニュプニュを触りたい衝動に激しく駆られる。
ああ、早く家に帰りたい・・・・・。


そうは言ったものの脚本はまだ仕上がるどころか主人公の設定さえはっきりと決まっていない。
完璧な空白状態だ。
何かきっかけがあれば話は流れ出すはずだ。
何かきっかけが・・・。
男はホテルの5階のベランダから路地を見下ろし、タバコに火をつけると深い溜息をついた。


キン!


通りを眺めていた彼は、通りの向こう側のビルで何かがはじけるような音を聞き目を移した。
男の目に、ビルに飾り付けられてあった宅配便〈ホワイト・アロー〉の巨大な看板と
グレーのスーツの男が、ビルの上から降ってきたのが目に入った。
「いつでもどこでも迅速に」と書かれたその看板とスーツの男は地面に勢いよく激突した。
看板とスーツの男が落下した場所は交通量の多い車道だった。
投げ出されたあわれで無防備なその骸はそのまま走行する車に轢かれてしまった。


「美しい飛び方だったな」


きりもみするグレーのスーツの男を冷静に眺めていた男は、なんら驚くこともなく冷静につぶやいた。
地上ではその事故のために渋滞をはじめ、あちこちから車のクラクションと人だかりが出来ていた。
ホワイトアローの看板は地上に落下しバウンドして電柱に立てかけられる形になっていた。
看板の中の女は衝突でひん曲がった顔のままニッコリと笑いかけていた。
落ちてきた男は死んだことはもちろんのこと、これでは原形をとどめてるだろうか・・・。

今この瞬間、登場人物といいプロットが浮かんだ。
なぁに、きっかけが掴めれば後は早いもんさ。
一瞬のうちに男の頭の中で数々のアイデアがストロボライトのようにひらめいた。
今度もいいホンが出来るだろう。
きっと仕上げてみせるさ。
今は妻と娘の顔を忘れて仕事に専念するとしよう。


「さぁ、長い夜が始まるな」


男は肩をコキコキ鳴らすとホテルの部屋に戻っていった。






車の往来もまばらな田舎の車道。
とは言っても道はしっかりと舗装され、緑もまばらな工業地帯である。
“君の腕を宇宙で役立てよう”うんぬんと書かれた、星間アーミーの募集看板。
その看板の宇宙空間に漂う雄々しい宇宙艦隊のイラスト。
銃声とともにその看板のど真ん中に大穴が空き、看板は衝撃でブルブルと震える。


「このバカ! どこででも撃ちやがって」


古ぼけたカーキ色のワゴンを運転するジョンソンが後部座席に向かって吼える。
「胸クソ悪い看板をオシャカにしただけだ」
後部座席で、リムロックはリボルバーの銃口から漂う硝煙を吹き消しながら答える。
ジョンソンは長距離の運転のこともありイライラしながら言った。
「おまえも入隊したらどうだよ。好きなだけ撃ちまくれるぜ。宇宙旅行し放題だし。」
「冗談じゃねぇ。規則だらけなんざオレの性に合わねぇな。」
「飯もタダだし給料だってもらえるんだぜ。なによりおまえの頭のネジだって締め直してくれるさ。」
「ゆるんだままで結構なもんだね。」
「犯罪免除になるかもしれないぜ。犯罪者もずいぶん従軍してるらしいぞ。」
「そんなしてまで兵隊欲しいのかね。戦争に金使うくらいなら酒の値段をもっと下げろってんだ。」
「どうせ盗んでんだろ。」


「なんでもいいけど空港はまだかよ」
リムロックの隣で口からもうもうと煙を漂わせ、ラリっているのはチーチだ。
「チーチ、おまえずっとラリってばっかじゃねぇか。なんなら運転代わるか?」
「ごめんだね。人には適材適所ってやつがあるんだ。運転手はオレっちの領分じゃねぇ」
「ケッ、このナマケモンが。理屈コネコネ、ちっとも働きゃしねぇ」
「給料泥棒とは言わせねぇよ。オレっちがいなけりゃどうやってこないだの金庫破ったのさ?」
チーチはそう言いながら後ろに詰まれたアタッシュケースの山を親指で指差した。
「係を脅して解除させたのはロックだろうが」
「結果的にはそうだけどな、脅さなくても空いたんだぜ実際。過程ね、過程を見てほしいな。」
「全くこの野郎。兄貴の紹介じゃなかったらタダじゃおかねぇとこだぜ。なぁ、ロック。」
リムロックは肩をすくめると手元のウイスキーをラッパ飲みした。
ウイスキーのボトルとチーチの吸っていた草を交換する。
深々とそれを吸いこむとゆったりとシートにもたれかかる。


「へっ、孤独だね・・・」


苛立たしくつぶやくとジョンソンは胸ポケットからタバコを取り出し、いまいましそうに火を点ける。
前をファミリー・ユースの小型車がノロノロと走っている。
思わず追突しそうになりジョンソンは悪態をつく。
「コノヤロー、ノンビリ走りやがって! ここはオメェのお庭か!?」



「・・・・それにしても、ロック。なにも殺すことなかったんじゃないか?
 ちゃんとゲロしたじゃねぇか。」
「スットロイのは苦手なのよ。それにオレの信条は“突きつけたら撃て”だな」
「それにしても頭がきれいにふっとんだよなぁ、ジョンソン。
 脳みそがポップコーンみたいにはじけたっけ」
「悪趣味だな。オレぁついてけねぇや」
ジョンソンはそう言うと、ケラケラと笑うチーチを一瞥する。



そこへ猛スピードで追い抜いていく1台のバイク。
バイクは強引にワゴンの左側からスリ抜けるとスルリと前に現れた。
「あぶねェ! のやろー、死にてぇか!!」
またまた悪態をつくジョンソン。
「おい。轢いちまえよ。」
席にもたれたままダルそうにつぶやくリムロック。
「よせよ。今ちっちゃな面倒もごめんだぜ」
「何言ってんだ。ノーヘルのライダーは轢き殺してもいいんだぜ」
「どこの法律だよ」
「オレ様法だよ」
リムロックがそう言い終わった時、バイクは遥か彼方に走り去った後だった。



「・・・ヤマは当てたし、そろそろズラかろうや。アシ着く前に他の星に隠れようぜ」
「ロック、金も一緒にか?」
「手はまわしてあるから心配すんな」
リムロックはウイスキーをあおりながら言う。
「荷物番に金握らせりゃいくらでも積んでくれるよな。警備が甘いのは大助かりだ。」
そしてジョンソンは先のY字路を右折し、空港への進路をとった。


「なぁ、ロック。BHに狙われたことあるかい?」
「あぁ? 賞金稼ぎかよ。ああ、二度あるがな。」
「どんなだったんだい?」
「只の“サツの使いっぱしり”だな。なんてこたぁねぇよ。」
「でも中にはヤバいやつもいるんだろ? 殺し屋みたいなやつが」
「ああ。今んとこお目にかかったことねぇが。」
「有名なやつだとアレだよな。銀髪の三つ編み男。」
「ああ。」
「なんでもヤツに狙われると必ず殺されるらしいぜ。わざわざボーナスをフイにするらしい」
「あいつは有名だな。返り討ちにしようとしたやつも多いらしいんだが、必ず肉の塊にされるらしい。」
「とにかく血の通わない冷血漢って噂だな。」
「おまえが言うくらいだからよっぽどだよな。」
咥えタバコをしながらそう言うと目を細めて前方を走る車の隣を見つめる。



そこにはさっき追い抜いていったバイクが前方の車と並行して走っていた。
そしてバイクは速度を落としているのか、スルスルとリムロック達のワゴンに近づいてくる。
「おい、アレさっきのバイクだよな? 今度はゆっくり走ってやがる」
バイクはさっきとはうってかわってジョンソン達のワゴンの前をノロノロと走っている。
どんどんその車間距離は縮まってきている。
「派手なコート着てやがるぜ。邪魔だったら轢いちゃえよ」
バイクの男のコートの背中には“十字架にハートを重ねたロゴマーク”をあしらわれている。
「だから面倒はゴメン・・・」
ジョンソンは絶句した。
バイクの男がこちらに何かを投げつけようとしているのが見えたのだ。
ジョンソンは咥えたタバコをポロリと落とす。
バイクの男は何かの球体を投げつけながら歯を見せてニヤリと笑っていた。


バイクの男が投げた“野球のボールより少し小さい球体”は
ワゴンのフロントガラスに当たった。
中から黒色の液体が飛び散る。


「なんだァーーー!!?」
「まっ、前が見えねぇ!!」


黒色の液体はフロントガラスを覆い、視界を奪っていた。
あせったジョンソンがハンドルを持つ手に力を入れる。
「ワイパーだ!」
「ダメだ、固まっちまってる!!」
「ブレーキ踏むな。そのまま走ってろ!」
そう言うとリムロックがリボルバーをフロントガラスに数発撃ち抜む。
モロくなったガラスを足で割り、蹴り落とす。
「どこへ行きやがった!?」


前方に気をとられて気がつかなかったが、
バイクの男はすでにワゴンの横をスリぬけて彼らの後ろにつけていた。
「後ろだ!」
チーチが叫ぶ。
バイクの男はコートの中からドデカい銃を取り出した。
ワゴンに向けてすばやく一発うちこむ。
2つある銃口の下側から発射された弾丸は、小型のグレネードのようなものだろう。
ワゴンの後部タイヤ付近に命中すると爆発した。
そして後部の下半身、つまり両タイヤ付近をスッポリ奪い去った。


「ひゃあーーーーー!!」


“しりもちをついた百貫デブのママさん”みたいに後部を沈められたワゴンは
火花を散らしながらコントロールを失っていく。
必死でハンドルと相撲をとるジョンソン。
車内にたちこめる黒煙にむせた。
ワゴンは火花を散らしながら車道の縁石に乗り上げ、やがて前輪を浮かせた状態で止まった。
バイクの男は停止したワゴンと少し離れた場所にバイクを止めた。


「ゲホッ。ゲホッ。」


黒煙にむせながら出てきた3人の耳にカツカツという金属音が届いてくる。
靴底に取り付けられた金属がアスファルトと擦れる音だ。
3人は少し離れた場所に男が立っているのを見て動きを止める。
男は3人に向けてドデカい銃を構えていた。


「ど・・・どうする?」


不安げに横目でリムロックを見るチーチ。
「・・・こっちは3人だ。」
手にしているリボルバーを握り締めるリムロック。
「・・・・・」
どんぐりみたいな目でパニクっているジョンソン。


「用があるのは銃を持ってるそいつだけだ」
構えた銃でリムロックを指すバイクの男。
チーチとジョンソンはおそるおそるリムロックを見る。
「こっちは3人だぜ。・・・おまえら銃を出せ」
視線はバイクの男に向けたままリムロックは小声で言う。
チーチとジョンソンは視線をバイクの男に戻すとまた動きを止める。

「・・・本当にオレ達は関係ないんだな?」

ジョンソンが尋ねるとバイクの男は“あっちへいけ”と言うように首を横に振った。
「オレは降りるぜ、ロック。おまえには付き合いきれねぇ」
ジョンソンは走り去った。
「・・・ごめんなブラザー。オレっちまだ死にたくないんだ」
チーチもそう言うとバイクの男を凝視しながら後ろ向きに歩み去る。
「おっ、おまえら!」



「おまえの居場所は決まってる。檻か棺桶だ。選べ」
そう言うとバイクの男は銃に構え直し、狙いをつけた。



見たところ刑事ではない。
持っているドデカい銃もカスタムしたもののようだし、さっきの爆発も一体何を使ったのか。
こいつも賞金稼ぎなのか。
白昼堂々と一人で仕留めにくるところを見るとかなり慣れたヤツのはずだ。
「どうしたよ、おまえのソウルを見せてみろ」
バイクの男は銃を構えたまま歩み寄った。
場数を踏んでいるリムロックには分かった。
この男はオレが引き金を引くより先にオレの眉間に確実に風穴を空けることができるだろう。
やりあったら確実に死ねる。
オレはまだ死にたくない。
そしてリムロックは結論を出した。
構えたリボルバーを足元に落としたのだ。
バイクの男はニコチンで黄ばんだ歯を見せて笑うと言った。


「心配すんな。最近のムショは飯も結構うまいらしい」

ジョン&銃





「今のヤツは銀髪の三つ編みじゃなかったな・・・」


焼けずに無事だったアタッシュケースを1個だけだ。
チーチは、両手で大事そうに抱えると小走りで車道を横切った。
そして煙をふいているワゴンのあたりを振り返りつぶやいた。

「達者でなブラザー」






警察署には未だに呼び鈴用のベル(チーンと懐かしい音がする)が置いてある。
バイクの男はその懐かしいベルでマッチを擦り、タバコに火を点けた。
中年の婦警が側を通り過ぎようとして、ふと立ち止まった。
書類の束を抱えながら男をギラリと睨むと言った。
「ここ禁煙なんだけどね」
「・・・あ、そ。」
男は火を点けたばかりのタバコをブーツのかかとでもみ消した。


バイクの男は警察でリムロックを引き渡した後、現場に駆けつけた2人の男女と共に署内にいた。


オレの名前はジョン。ジョン・スタッカー。
職業はBH。バウンティ・ハンター、賞金稼ぎ。代理屋、警察の犬と呼ぶやつもいるな。
オレの仕事は警察が手出し出来ない、もしくは手出しできないような場所−
すなわち管轄外や・雑多で危険な地域・他の星に逃げたヤツなんかを捕らえることだ。
標的を殺した場合は賞金額はグンと激減する。
むやみやたらと殺してまわるヤツもいるが、オレは殺し屋じゃない。



「そんでグデングデンになってベッドで目を覚ますと、その女が二人に見えるんだよ。
 飲み過ぎたせいだと思ったらその女達双子でね。
 しかもかわいいからラッキーなんだけど、その前の晩のことがどうしても思い出せないわけよ。
 なんだか得したような損したような気分だったね。」

若い新米警官にY談をまくしたてるこの男はピート。
ピート・タンジェリンという。
銃器の改造、メカ類、装備を準備してくれている。
結構軽そうに見えるが実際軽い。
しかし仕事の腕は確かであり頼れる相棒でもある。
もっとも以前危険な目にあってからは現場に出向くことは控えるようにさせているのだが。

ピートは新米警官のデスクに置いてあるドーナツを物欲しそうに見つめている。
「それ、もらっていいかな?」
「どうぞぉ」
新米警官からもらったチョコレート・ドーナツをうまそうに頬張る。
「オレの街じゃ、こんなうまいドーナツはないな。うん。イケるよ、これは。」
このやろう、警官ともう仲良くなってやがる。


この署のいわゆる“事務屋”が現れる。
警察は賞金稼ぎのことをあまりよく思っていない。
オレたちは警察の業務を代行しているようなものだが、
それを推し薦めたのはお偉いさんと、それを必要とする民衆であって、
現場の人間には不本意であり腹立たしいことなのだろう。
そりゃそうだろう。
“おまえたちは能力が欠如している”と言われているようなものだからな。
特にこういった事務屋はそれが顕著だ。
この男もイヤイヤ押しつけられた業務なのだろう。
これみよがしな、かったるそうな態度だぜ。


「IDカードを」


オレがIDカードを事務屋に手渡すとナオミが対応する。
「それでは後はよろしく」
慣れたもので、不服そうな事務屋のことなど気にせずテキパキと事務作業を終える。

「仕事終わったらさっさとこの街から引き上げてくれよな。臭くってたまんないね。」

オレたちへの嫌悪感を隠すこともなく事務屋は言う。
オレは無視した。
新米警官のデスクにある“触ると首がとれるピースマークの人形”を触った。
彼らのこういう態度には慣れている。
もっとも礼を求めるつもりもないがね。


「どうだね、キミたち? 手に余るようならこの私が手を貸してあげてもいいのだよ?」
ピートは英国紳士をマネた口調でふざけた。
ニコニコとナオミの肩を抱く。
ナオミはピートの手をつねった。
「あなたはただの運転手でしょう?」
「なにーー!?」



いくら昔と違って瞬時に惑星間を行き来できるといっても宇宙旅行は疲れる。
出来れば今回のように地球を離れない仕事ばかりだとありがたい。
ま、仕事を選り好み出来る身分じゃないんだがな。
オレは基本的に依頼された仕事のみを請け負うことができる。
訳あってオレにはフリーではなくてエージェントがついている。
氷みたいにクールなエージェントがな。
ナオミのことだ。
オレはナオミの会社が用意した仕事のみを引き受けなければならない。
今回もナオミはピートと共に現場に駆けつけた。






手続きを追え、署の階段を降り外に出るとナオミがジョンを見た。
「スタッカーさん、何故定時連絡をしないんです?」
「手際よく終えただろうが。何か文句あんのかよ」
「スタッカーさん。私はあなたのエージェント、つまり上司のようなものですよ。」
「オレはサラリーマンかよ」
「私達の会社からお金もらってるでしょう? サラリーマンとどこが違うんです?」

彼女の名前はナオミ・イマガワ。ジョンのエージェント。
彼女の勤める会社からの依頼をジョンに伝え、指示を出すのが役目だ。
大抵は指名手配犯の捕獲だが、その他モロモロの“ヤバめ”の仕事が来ることもある。
通常、犯人を捕獲の際は自分で手続きを済ますものなのだが、
何故かナオミは自分から進んで現場に現れる。
ジョンが助かってるのは確かであるが、
デスクで事務をしていればいいものに、何故そんな手間を負うのか。

「それに−」

「タバコも吸いすぎる。それは体に悪いだけだから止めたほうがいい」

“・・・まったくうるさい女だよ。いつもこの調子だ。
前任のイチローのほうがやりやすかったな。”
ジョンはウンザリした。
「もう少し笑うとかわいく見えるんだけどな」

「なんですって?」
冷ややかな、それでいて威圧感のある一言だった。

「・・・・なんでもねぇよ」
「それと・・・」


「・・・・・・」

しばらく間があった。
「なんだよ」
「・・・血。ふいたほうがいいです・・」
そう言うとナオミはジョンにハンカチを差し出した。
どこで切ったのか頭の左端からかすかに血が流れていた。
「・・・ありがとよ・・。」
ジョンはナオミからハンカチをとると乱暴に頭をぬぐった。
ナオミがハンカチを手渡す瞬間ほんの少し表情がゆるんだが、
すぐにまたいつもの事務的な顔つきにもどる。
2人はピートの待つ車に向かった。


「これだな。盗難届が出てます。」
さっきまでジョンが乗り回していたバイクに集まる2人の警官。
ナオミは足を止める。
“またか”
ナオミは呆れた顔でジョンを見つめた。

「返しに行くとこだったんだ」

ジョンは悪びれずにニッコリ笑う。
「はーーー・・・」
ナオミは眉をひそめ、深い溜息をついた。
そして2人はピートの待つ車に歩いていった。

ナオミとジョン






ジョンとピートとナオミの3人はビルに谷間にある屋外のレストランにいた。
・・・レストランというにはちょっと賑やかな場所ではある。
ここは何より大衆のための気楽な食堂のようなものだ。

「んーー。イケる。これはイケる。とても合成とは思えん。」

ピートはそういいながらモシャモシャと合成野菜のサラダとサーモンのソテーを頬張っている。
ナオミは落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回す。
酔っ払った客が大きな声やグラスの割れる音を立てる。
ナオミはその度にその方向に目をやった。


「どうだい。いい場所だろ?」


ジョンはナオミにそう言うとビールをぐいっと飲み干す。
「・・・私はこういう場所はちょっと・・」
ナオミはワインが注がれたグラスにこびりついた指紋を凝視している。
「料理はイケるからやってみなって、ナオミ」
ピートが言う。


「あんたは会社のビルから出なくてもいいんだぜ。こんな危険な現場に来なくてもな」
ジョンが言う。
「せっかく来たんだからいいよなー? オーダーとってやろうか、ナオミ?」
ピートはジョンとナオミの顔を見比べた後、ナオミを気遣って言う。
「会社とは関係ないことです。私の意志でやってることですので。お気遣いなく」



「今月は少し休みをとりますか?」
「いらねぇ」
「十分ノルマには達していますが」
「いいんだ。仕事が好きなんでね」
「では今度の依頼ですが-」
そう言うとナオミはバッグから指名手配犯のファイルをジョンに渡す。
「なんだ、ちゃんと用意してるんだな」
「ご自分に賭けてるんでしょう?」
ナオミは、オレが他人名義で自分に賭けているBHのランキングの賞金のことを言っているのだ。
オレは裏で行われているランキング賭博の馬なわけだ。
もちろんナオミには内緒だったのだがとっくにバレてるようだ。



ジョンはファイルをながめる。
「リザードマン?」
「ええ、ニックネームね。本名はマリオ・キューザック。
 脅迫や誘拐が主な犯罪履歴ね。GP(地球を離れない人のこと)のようだから、探しやすいでしょう。」
「ありがたいね。宇宙旅行は疲れる」
「それとは別にホッファという男が企業の機密データを強奪したんですが、
 リザードマンがそれを受け取り売りさばくようなの。
 その機密データも奪取することが出来れば謝礼も期待できるわ。
 リザードマンとホッファは昔からの仲間のようです。
 あと私が調べられたのはその書面の内容くらいよ」

「これだけありゃずいぶんラクになるさ」
なんだかんだ言ったものの、只の事務屋であるはずのナオミのサポートによって、
情報収集に関してはずいぶんと助けられている。
実際機密データの件も“追加ボーナス”というナオミの気遣いだろう。

「正確な居場所は特定できなかったの、ごめんなさい。」
「それはオレの仕事だ。ありがとよ」
「あともう一つ」
そう言ってからナオミは続ける。
「ホッファという男は間違えても殺害しないようにしてください。」
「間違えても?」
「彼の名前はリストにはありませんし、彼は別件で警察にマークされています」
「2人は仲間なんだろ? 銃ぐらい持ってるだろ」
「そうでしょう」
「撃たれたら逃げろってことか?」
「正当防衛というなら仕方ありませんが」
「後始末がやっかいだってんだろ。ムスチコフのやつは殺しまくってお咎めなしだがな」
「彼には支持者が多いのです。特別視されてますから」
「ああ、確かにそうだ」
そう。確かにあの銀髪の悪魔は別格だ。遙か昔からの腐れ縁だが、ヤツにハートはない。
生け捕りをしないことで有名なBH・・・いや、殺し屋だ。


ジョンはざっと書面に目を通してみた。
ジョンは秘かにナオミに感謝しながら読み進めた。


リザードマン。
警察に捕まって鉄柱に手錠でつながれた時、自らの右腕をたたっ切って逃げている。
もともと機械の腕が欲しかったからか、ヤクでもやってたのか、
何のためらいもなく腕を切り落としたらしい。
トカゲが尾を切り捨てて逃げる様からつけられたあだ名のようだ。
リザードマンはホッファという男にディスクを売りさばいてほしいと頼まれる。
今の時点ではデータはまだホッファの手元にあるようだ。
2人とも根城を持たない流浪の民みたいなもんか。


この時代金さえあれば人間のほとんどのパーツはマシンで代用ができる。
オレの姉さんの体も機械で代用できればいいんだが・・・・、
体のどの部分を変えれば良くなるという病気ではないのだという。

パーツ・・・パーツね。
ジョンはタバコの煙を深く吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。



「この間あなたが壊したものの新品です」
ナオミはバッグから手の平大のGPSを取り出すとジョンに渡した。
「もう壊さないでください」

ジョンの後ろの3人組の酔っぱらいが大きな笑い声を立てた。
「見ろよあの女。いい乳してるぜ。」
「たまんねぇ」

どうやらナオミのことを噂しているようだ。
「よせよ、連れがいるぜ」
「関係ねぇよ、おれヤリてぇよ。メチャタイプなんだ」
「見ろよあの黒髪。オリエンタル・ビューティーだ」
「た〜まんね〜な〜」


次第にエスカレートしていく3人の会話。
ピートは食物を頬張りながら3人組のほうにチラと振り返るが、
あまり関心ないのか、食べることに忙しいのか、またガツガツと食事を続けた。
ナオミも気付かないふりをして食事を続けている。
「やめとけよ。無理だって」
「ああいうツンしたやつが好きモンなんだって」
「ついてくるさ。おまえ金いくら持ってる?」
ジョンは押さえ気味に吹き出した。
普段はあまりないが、たまにこういう酔っぱらいの輩が出入りしているようだ。
“おもしれぇ。この女どんな反応するか見てやろうか”
ジョンはナオミが取り乱したり、怒ったり、はたまた我を忘れたような表情を見たことがなかった。
ジョンは意地悪く3人のいやらしい会話を聞き流した。


そのうちの一人がナオミのほうに歩み寄ると声をかけた。
「どうだい、一緒に飲もうや。オレのダチが・・・いや、オレ達みんなあんたに興味あるんだよ」
ナオミは無視して食べ続けている。
「空のドライブしようぜ。オレ免許持ってんだ。そこのポートに止めてあんだ」

ジョンは顔を伏せてクックッと声を潜めて笑った。

「空でヤッたことないだろ。いいんだぜ。まるっきりファンタジーよ」

「あんた、さっきからつまんなそうな顔してるじゃない。」

「金なら持ってるぜ。あんたの顔みりゃ分かるぜ。好きなんだろ、なぁ。こっち来なって」
男はそう言うとナオミの肩を乱暴に引っ張ろうとした。

仕方なしにジョンは残念ながら男を追い払ってやることにした。
「失せろ。この酔っぱらいのお下劣野−」

ジョンが言い終わるより先にナオミの右手は動いていた。
ナオミの拳が男の左頬を捕らえた。
“振り抜く”というより“ヒットと同時に拳を握りしめる感じ”で。


ゴスッ。


男は“他の客の席につっこむことなく”白目をむくとその場にヘナヘナと倒れ、そして気を失った。
周囲の客はギョッとして一斉にナオミのほうを見つめる。
辺りは水を打ったように静まりかえった。
口いっぱいに食物を頬張ったピート、口を開けたままのジョン。
2人も動きを止めた。
がピートはすぐに何事もなかったように食事を続けた。
辺りも再びざわめきを取り戻した。
倒れた男の連れ2人は固まったままだ。

「・・・強いんだね」
ジョンは控え目に言った。

ナオミは指紋のついたワイングラスを一気にあおると言う。
「だから私を怒らせないことです」



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