チャプター3

 

●前回までのあらすじ
レディ・カムナは見た目は少女だが裏社会の若き顔役であり、この街の影の番人である。
ジョンは彼女から情報とこの街での滞在許可を手に入れるため対面する。
カムナは【ホッファが持つディスクの中身のコピーを手に入れる】を条件にこの街での滞在を許可する。
そのディスクの中身で、彼女は亡き妹を模したアンドロイド・ヒメマルの不良箇所を
修正することができるだろう。
そしてジョンはバーで悪徳警官ドナヒューに会い警告される。



ホッファとリザードマンと7人衆

【前方左がホッファ、右がリザードマン
 後方左からグリーン、オレンジ、コッパー、ホワイト、マゼンダ、パープル、ブルー】





海沿いの倉庫が建ち並ぶ夜の港。
静寂。
人通りもなく、辺りを照らす灯りの数は少ない。
その静けさを破るものは、防波堤に打ち寄せる波の音と時折横切るエア・タクシーの音、
そして遠くで鳴り響く船の野太い汽笛だけだった。
そしてそんな人気のないこの場所に、車が2台ひっそりと止まっていた。
薄暗い照明の中、車の外には8人の男がたたずんでいる。


「おい、ウソだべ?」

「ホントだって」
すっとんきょうに叫ぶグリーンにコッパーが答える。
「んなわけないだろ? オレが彼女のファンだっで知っでて言ってんだ? だべ?」
グリーンはムキになってグリーンに詰め寄っている。
いなか訛のこの男はグリーンという。
マゼンダ、パープル、コッパー、ブルー、オレンジ、ホワイト、グリーンの7人。
黒服を着たこの7人はお互いを色の名前で呼び合っていた。


「こないだ捕まったプロデューサーが言ってたろうが。テレビ観てねぇのか?」
コッパーの脇でパープルが言った。
「ウソだぁ」
「珍しくないだろ。女みたいな男なんて」
ホワイトが笑いながら言った。
「んだばアイドルだぁ。あんなカワイイし、どう見たって女じゃねか」
地団駄踏むグリーンは、皆の時間つぶしのための肴にされているようだ。


ブルーは離れたところに座ってその様子をじっと見ていた。
ブルーはいつも冷静で物静かな男だ。
いつも周りを観察している。
グリーンは努めて標準語でしゃべろうとしているが、言葉の端々がやはり方言がまるだしだ。
あまりに分かりやすいその田舎言葉に、ブルーはそれが“演技ではないか”とさえ思っている。

「はぁ〜、今時珍しいね。おまえみたいなアナクロなヤツは。いいじゃねぇか、男でも女でも」
マゼンダは面白がりニヤニヤしながら言う。
仕草や物腰は見るからにチンピラ風情のこの男はくだらない話が本当に好きである。
そして実に軽薄な男だ 。


「リンのアルバムは全部持ってんだ。くそぅ、オレの夢を壊しやがってよぅ」
「いいじゃねぇか。しばらく夢見させてくれたんだからよ。」
コッパーが貧乏ゆすりをしながら言った。
コッパーはせっかちな男だ。落ち着きがない上にそそっかしく、そして気が回らない性格をしている。
「オレからの好感度は落ぢてるよぅ」

黒服の5人はグリーンのしゃべりをネタにヒマをつぶしていた。
どうやら7人は寄せ集めのメンバーらしく団結している様子はない。
その7人とは少し離れたところで海を見つめ、一人たたずんでいる男がいた。
グレーのスーツのこの男がどうやらリーダーらしかった。
男は輸入もののタバコをふかしながら、遙か沖から港にゆっくりと帰港する運搬船を見つめていた。
その男がホッファだった。


ブルーと同じく、黒服の5人の男とは離れてたたずんでいる男がいた。
ひとり後ろの方でおとなしくぼんやりしている男はオレンジ。
ブルーは、ひとりで黙って座っているオレンジにしゃべりかける。
「なぁ、オマエおとなしいんだな。」
「ああ、オレしゃべるの苦手なんだ」
オレンジはいつも会話に進んで入ってくることはない。
体も小さく、粗野なこの男達の中にあっては、ほとんど使い走りのような役にされている。
「オマエな、あんまり弱っちぃ態度見せてるとナメられるぞ。あいつらロクデナシだからな」
そう言いながらブルーはオレンジの胸を人差し指で押した。
「あんただけだね。オレをかばってくれるの」
「かばってんじゃないよ。・・・いいからシャンとしろよ。」
「いいんだよ、オレ裏方だからさ。こん中に端末に触れるやついないからさ」
2人の会話をコッパーの声が遮った。
「おい、オレンジ。ビール車からとってこいよ」
「あ・・、うん・・・」
オレンジは力なく頷くと立ち上がると車のほうに向かった。
ブルーは眉をしかめながら、車に歩いていくオレンジを見つめた。


5人はまだグリーンをダシに盛り上がっている。
「いいかげん、そのナマリ直せよ」
マゼンダが言う。
「んぁ? どっかおかしっか?」
「おかしいなぁ」
「どこがだ?」
「そうだな・・・。グリーン、おまえ“レモンの果実”って言ってみろ」
「レモンのカズツ」
「ナマってるな。なんかイントネーションがなぁ。じゃあ“サタンの最強伝説”って言ってみろ」
「サタンのさいきゅうでんすつ」
「・・なんかおかしいな。じゃ、“宇宙警察ショボい警察”」
「うつーけーすつしょぼえけーすつ」
一同は吹き出した。
ホワイトはたまらず言った。
「おまえわざとやってるだろ」


ホワイトはガッチリとした体格だが温厚な性格だ。
この中では割と丁寧な口調でしゃべる黒人で、“ホワイト”と皮肉なニックネームで呼ばれていた。
しかし彼はそれに腹を立てることはない。
そんなことには慣れっこであり、言い争うことは無駄なことだと考えている。
彼は金が手に入ればそれでよかった。

「んなことないって〜」
グリーンはバカにされてるのには気付いているのか、 それとも本当にバカなのか分からないうすら笑いで応えた。
「サムいな。僻地へ帰れ、このド田舎モンが」
パープルが小馬鹿にした口調で言った。

「なんだとぉ?」

「二度も言わせんな。おまえに言ってんだよ。ハナクソ」
「ここでやるんか? え、やるんかぁ?」
グリーンがパープルに顔をズイと近づける。
パープルはこの中で一番体格がデカく、一番好戦的な男だ。
何かというと他人にカラむ、この中で一番目立って乱暴な男だ。



「おもしれぇや。オレとやり合おうってか。この山猿が」
今まで海のほうを眺め黙って聞いていたホッファは笑いながら7人のもとに歩いてくる。
「やめんか、うっとうしい。いつまでくだらん話してる」
グレーのスーツを着たガッチリした体格のこの男はホッファという。
この黒服の7人を集めて雇っている男だ。

「なぁ、ホッファよ。そのディスクとやらはホントに金になるのか?」
ブルーがたずねる。
「ああ、それをリザードマンに渡す。」
「あんた、ヤツの知り合いか?」
「昔からの友人だ」
「なぁ、ホッファ。あんたはいつも気前がいい。だから付き合ってる。でもそろそろ俺達退屈してきてるんだ。」
「次の仕事はまだなのか?」
ホワイトが脇から言う。
「あわてるな。しばらくしたら好きなだけ働かせてやるさ。今はヤツにディスクをさばいてもらうのが先決だ」
「なんであんたがサバかない?」
パープルが言う。
「おれにはあいつみたいに広いコネがないからな」
「あのアブナいヤツ、そんなに顔広いんスか? キチガイのの変態って噂だけど大丈夫なんスか?」
マゼンダが言う。
その時ホッファはマゼンダのほうに向くと、おもむろにマゼンダのアゴをグッと押さえた。

「オレの相棒だ。口の利き方に気をつけろ」

ホッファはマゼンダのアゴを押さえたまま、彼の目をまっすぐ睨んだ。
ホッファは彼らの雇い主でありながら普段は偉ぶることもなく、
ごくごく彼らと対等に近い接し方をする。
それが優しさから来るのか、ただの無関心なのかは分からない。
だが組織の中においては統率の妨げになりかねないことである。
威圧することは統率の第一歩だ。
だが雇われている7人はホッファを決して馬鹿にしたりすることがない。
いや、馬鹿にすることができない。
それはこの目だった。
ホッファが残虐な仕打ちをするところを目撃したとか、恐ろしい現場を見たということは一度もなかった。
だが、ホッファに正面きって睨まれると誰もが反抗することができないのだ。
それは“ヘビに睨まれた蛙”というところかもしれない。
マゼンダもそうだった。


「あ・・ああ、悪かったよ。」
ホッファがマゼンダのアゴから手を離すと、マゼンダは安堵しネクタイのズレを直す。
「遅いっスね、しかし」
マゼンダは辺りを見渡しながら言う。
「あいつは金を動かす人脈を多く持ってるからな。あのディスクもオレがサバいたところで大した金にならんだろう。
然るべきところにサバいてもらうのさ」
ホッファと7人の黒服達はこの静かな夜の港でリザードマンを待っていた。


「なぁブルー、リザードマンって誰だい?」
小声でブルーに聞くオレンジ。
「なんだ、おまえ聞いたことないか?
 “手錠で繋がれた自分の腕をぶった切って逃げた凶悪犯”って。普通じゃねぇよ」

リザードマン・・・
自分の腕を自分で切り落として警察から逃げた男。
残虐で狂ってて女を殺しながら犯すのが趣味の変態野郎。
一般にはそういう噂が有名だった。
そしてお尋ね者。
ホッファはリザードマンの旧友だという。
“できれば一緒にいたくねぇな・・・”
誰もがそう思うようなヤツだが、ホッファは違うようだ。
その時、遠くから誰かの声が辺りにこだました。


「よう、大将!!」


遠く響く聞き覚えのある声にホッファは振り返る。
「揃ってスーツ姿か。まるでビジネスマンだな」
ホッファはその声の主がリザードマンだと分かるとにこやかに応える。

「残念ながら大将ではない。中佐である。敬礼はどうした?」

小声でパープルが笑いながら言う。
「また言ってるよ。ホッファのやつイカれてるぜ」
「軍隊にいたのはホントらしいけどな」
ホワイトが言う。


「あいつがリザードマンか?」
一同は静まりかえり、リザードマンに注視した。



「ハハハ。まだ軍人気取りか?」
リザードマンは再会を喜び、ホッファに軽い抱擁を交わすと黒服の7人のほうを指差し言った。
「こいつらは誰?」
7人のほうを指さしながら言う。
「雇ってんだよ」
「ほぅほぅ・・・」
リザードマンは男達をゆっくりと眺める。そして思いついたように言う。
「で、なんでみんな黒のスーツなの?」
「軍服のほうが良かったか?」
ホッファは笑いながら返す。
「制服みたいなもんかよ。まさか自腹で買わされてんじゃないだろうな?」
「おいおい、オレを誰だと思ってんだ。オレが買ってやったんだよ」
「へぇ、相変わらず羽振りよさそうだな」
「こいつらよく食うからな、大変だ。家計は火の車だよ」
「じゃあ、少しの間もう一人分頼むわ」
「ハハハ、おまえは特別だ。待ってたぞ」
ホッファは微笑むとグリーンから手渡されたビールをリザードマンに差し出した。



ジョンはそこから200メートルほど離れた5階建のマンションの屋上から、
マイクロスコープでホッファ達の様子を観察していた。

“ホッファと合流したか・・・・。
全部で9人は多いな。同時に相手にするのはさすがにやっかいだな。
リザードマンがホッファからディスクを受け取れば、リザードマンを捕らえるだけで解決なんだが。
しばらくくっついてるとなると厄介だな。
さて・・どうやって、どこで捕らえるか・・・。”

ジョンはスコープを移動させて一人づつ観察を続けた。



ホッファ達を監視している人間はもう一人いた。
ホッファ達から数百メートル離れた場所にその車は停まっていた。
辺りは人影も照明もなく、車はコンテナに隠れる形で停まっている。
黒いオンボロのセダンの脇には、
黒のキャップを深々と被り皮のブルゾンを着た男がライフルのスコープを覗いていた。
ライフルはずいぶん旧式のボルト・アクションの猟銃だ。
男は何度も安全装置を確認してはライフルを握り直している。
落ち着かない様子でスコープから顔を離す。
顔の汗を腕で乱雑に拭う。
一度息を大きく吸い込むと汗ばんだ手でもう一度ライフルを握り直した。
震える手でライフルのスコープを再び覗き込む。



「あいかわらずお互い根無し草だな。どこにいたんだ?」
「西海岸の“自治区”だ。しばらくはあそこで暮らしてた」

“自治区”とは他惑星移住者が集まり生活する街だ。
他惑星移住者は見た目の異様さや生活習慣の違いから人間達から蔑まれており、
人間達の街の中で独自の文化を築く“他惑星居住者のチャイナ・タウン”のような場所だ。
犯罪者の隠れ蓑として有名であるが、
今や彼らは黒人や黄色人種など肌に色のある全ての人種が、
圧倒的多数の優位人種達から差別されるように、
同じく人間全体から蔑まれる対象になっている。

「あんな気味の悪いとこによく住めるもんだな。」
「ヤツらはいいやつだぜ。少なくとも人間社会よりよっぽど筋が通ってるもんだ。
 食いもんは変わってるけどな。正直口にあわんが。」
「へぇ。おまえも変わったこと言うようになったな」
「人間は環境で変わるもんだよ、ホッファ」
「そうだな。まぁ、積もる話の続きは飲みながらにするとするか」
「で、そのディスクってのは?」
「こないだ言ったディスクのことなんだが。後で見てくれ」
「ああ、分かってる。買い手のことは任せとけ」
「正直オレにはどれほどの価値があるものかわからんのだが」

「それはいいんだが、なんでこんな場所で待ち合わせる?」
「それはな−」

「オレが海を見たかったからだ」
「なんだ、そりゃ」



遠くで運搬船の汽笛が小さく鳴り響いていた。
黒いセダンの脇でライフルを構えて狙いを定めていた。
キャップを被った男はスコープを覗きながらライフルのトリガーに指をかけた。
スコープの照準はホッファの胸を捉えている。
震える手のせいで照準がブレる。
男は緊張を押さえることに専念すると息をこらす。
そしてトリガーにかけた指を絞るタイミングをうかがった。
照準はホッファの胸を捉えている。
息を止めたままトリガーにかけた力をゆっくりと強めていく。

その時。

運搬船からの辺りを照らすサーチライトの光が、一瞬スコープを覗く男の視線を遮った。
男は“しまった!”と思ったが遅かった。
男はタイミング悪くトリガーを引いてしまった。


重い銃声が静まりかえった港にこだまする。
銃弾はホッファを僅かに外れ、脇のホッファの車のサイド・ウィンドゥのガラスに着弾した。
ガラスは大きな音を立てて粉々に砕け飛んだ。

「うおっ!!」

ホッファ達はその音に反射的に体をかがめるとすぐに車の影に隠れた。
「どこからだ?」
リザードマンは脇から銃を取り出すと車の側から頭を出して辺りをうかがった。
黒服の男達も飲んでいたビールの瓶を地面に放り投げると銃を抜いた。
男達は射撃手を探し様子をうかがう。

「どこから撃ってきた?」

リザードマンがそう言った次の瞬間、更に重い銃声が辺りに響く。
2発目の銃弾はホッファの隠れる車の側面に“ドスン”という音とともに着弾した。
パープルが叫ぶ。
「コンテナのほうからだぜ!」



ジョンは予期せぬ事態に、その銃声の方へとスコープを向けた。
キャップを被った男はコンテナの影から更に撃ち続けていた。

“同業者なのか? しかしいきなり狙撃で、しかも失敗している。
銃の扱いも慣れているとは言い難い。プロのようではなさそうだ。”

あまりに離れているためホッファ達も撃ち返すことができないようだ。
キャップの男はホッファ達に向けて全弾撃ち尽くすと、車に乗り込み荒々しく走り去った。



「車どうします?」
銃撃によって穴を開けられた車のタイヤを眺めながらブルーが言う。
「2台ともか・・・」
パープルがビールのキャップを抜きながら言う。
「どうやらホッファを狙ってたみたいだが」
ブルーは車の側面に空いた銃痕を触っていた。
「ツイてたな」
ホッファはこともなげに言う。

「ヤバいな。いきなり暗殺か」
ホワイトは不安げに言った。
「ナニモンだろう?」

「とにかくここを離れるぞ。・ ・・コッパー、マゼンダ、足を調達してこい」
ホッファに命じられコッパーはさっさと歩き出す。
が、マゼンダは不服そうな顔をして文句を言った。
「えぇ? なんでオレなんだよ」
「いいから行ってこい。足がなきゃ宿に帰れねぇだろ」
マゼンダはホッファの表情が“怒りに変わってきている”のを読みとりそこであきらめた。

「タクシーでいいじゃねぇかよ・・・」

マゼンダがブツブツぼやきながらも走り去る。
がコッパーは遙か前方でふと立ち止まる、ホッファに叫んだ。
「高級車じゃなきゃイヤか?」
ホッファはうんざりしたような顔で叫ぶ。
「バカヤロウ! なんでもいいからかっぱらってこい!! 2シーターじゃなきゃ何でもいい。行け!!」

そこへ狙撃現場を見に行っていたリザードマンが戻ってきた。
「さっきのヤツのだ」
リザードマンはホッファに向けて手にしていたものを放った。
ホッファはそれを受け取るとしげしげと眺める。
しばらく眺めるとホッファはオレンジのほうに向き直りそれを差し出した。
「おい、オレンジ。おまえの出番だ」
ホッファの右手には薬莢が摘まれていた。
狙撃手は薬莢を残したまま逃げていたのだ。
「オレンジ、こいつから検索かけてみろ。運がよけりゃ身元が割れるはずだ」
オレンジは薬莢を受け取ると黙って小さくうなずいた。







【CO2カンパニー】はナオミが勤める会社である。
ナオミは犯罪抑制部門という部署に所属していた。
そこでは多くのBHとスポンサー達との仲介や資金の調達、警察との交渉などの事務を主に行っており、
“社会に貢献する企業を売り込む所”であった。

ナオミはCO2カンパニーの長い通路を歩いていた。
突き当たりの部屋の自動ドアが開くとそこは小さな秘書室で、事務用のデスクとソファーがあった。
だが秘書はいなかった。
ナオミは更に奥に進み“ガーランド”と書いてあるドアをノックした。

「失礼します」

ナオミはドアをノックすると奥の部屋へと入った。
重役室であるこの部屋に入ると、奥の広いデスクの向こう側には一人の男が立っていた。
男は窓から外のビルの立ち並ぶ景色を眺めていたが、ナオミに気付くと振り返る。
男は重役のガーランドという男だ。
ガーランドはニッコリと微笑んだ。

「ああ、来たか」

「なんの御用でしょうか?」
「あいかわらずだな。ひさしぶりに会えたっていうのに」
「ここは職場ですので」
「まあ、そう言うなよ。近頃忙しくて会えないのはすまないと思ってる。
 ここは個室なんだよ。普段みたいにしゃべってくれ」

ガーランドはナオミの腰に手を回すと自分に引き寄せ、ナオミの唇にそっとキスをした。
ナオミはゆっくりとガーランドの体をすり抜ける。
「そういう話で私をお呼びになったので?」
「いや、もちろん違うさ」

ガーランドはそのまま続けた。
「君は今の部署では現場に足を運んでいるそうだな」
「はい。BHの手続きや面談ですか?」
「そうだ」
「それが何か」
「そんなことする必要がどこにある。BH達が自分達で出来ることだろう? 君が危険な目に会う可能性だってあるんだぞ」
「いえ、私のわがままでやっていることなのです。それに危険はありません」
「君の仕事はスポンサーと賞金稼ぎとの仲介だろう? なぜそこまでする?」
「それも私の仕事だと思ってますので」


「仕事・・・仕事か」


ガーランドは噛みしめるように繰り返した。
「失礼ですがあなたは私の部署には関係ないはずですが?」
「そうだな、確かにそうだ。それについては認めるよ。私の個人的な干渉だ」
「御用件をお願いできますか」


せかすナオミにガーランドは本題を切り出した。
「君の上司は君を高く買っているようだが、同時に心配もしている。もちろん私もそうだ」
ガーランドは続けた。


「君の転属を申し出たんだ」

「な・・・、そんな勝手なこと・・」
「君が有能なのは昔から知ってる。それを役立ててほしいところがあるからそうした」
「そんな! ・・どこに転属ですか?」
「部署ではないよ。私の秘書だ」
“・・・秘書?” ナオミはじっとガーランドの目を見つめた。

「・・・私を監視するつもりですか?」

「そんなつもりはない。本当だ。私は純粋に君の才能が欲しいだけなんだ」
ナオミはガーランドがウソをついていると思った。
「手続きは済ませてある」


“私の返事など最初から無視する気だったのか”


「・・・私の上司は何と?」
「ああ、くやしがってたよ。でも私の熱意と渇望のほうが勝ってたんだよ。渋々ながらOKしてくれたよ」


“私の意志を無視していきなり異動? しかも秘書に?”



地位を得てからの彼は変わった。
ナオミは時々この男が分からなくなった。
そして同時に自分のことも分からなくなる。
彼は私の命の恩人であり恋人。しかしそれは昔の話。
今の彼の薬指にはゴールドのリングが“刻み込まれて”いる。
未だに愛しているのか自分でもわからないが、体を求められれば抱かれるし、
何よりも彼の力になりたい・恩を返したいという気持ちは今でも強く残っている。
しかし彼は私情をはさんで私の上司に“ソフトに”圧力をかけたのだ。
しかし、彼の無礼なこの振る舞いさえ跳ね除けることが出来ないような弱い自分がそこにはあった。


「条件があります」
「なんだい? 言ってくれ」
「今までのBHとスポンサーの件は引き続き私に担当させてください」
「可能ならかまわないよ。しかし、秘書の仕事がおろそかになっては困るんだ。
 それに君の業務が増えるだけだぞ」
「はい」
「できるのか?」
「はい」

「・・・意外だな・・・。強く拒否されると思ってたんだが」
「拒否すれば断れますか?」

「・・・わかったよ、優遇しよう。スタッフは好きなように使ってくれてかまわない」
「わかりました」
「それに君は外出なんてしなくてもいいんだよ。何も危険な場所に足を運ばなくてもね」
「約束はしかねます」
ナオミはかたくなに言い放った。
「・・・わかったよ。ある程度は譲るよ。言い出したらきかないのはよく知ってる」
ガーランドは笑った。



意に反してあっさりとOKされたことに戸惑いつつも、ガーランドは喜びを隠しきれない。
「早速だが君に同行してもらいたいところがある。準備が終わったらもう一度ここへ来てくれ」
ナオミは黙っていた。
「それと来週は君の誕生日だね。何か予定があるのか?」
ナオミはその問いかけを無視し、黙って背を向けてドアに向かった。

「それでは失礼します」
そう言うとナオミはそのまま部屋を出た。



彼女のこの職場でのクールな態度はよく理解していた。
そして彼女の屈折した感情や過去も彼はよく知っていた。
また態度や口調から感じる冷たさは、表面的な彼女の一部分であるということも。
今日のことは確かに強引であったが、正直断られることは覚悟していた。
しかし試してみたかったのだ。
“手続きは済ませてある”というのはウソだった。
“どうしてもダメならそれでもいい”
とガーランドは思っていたのだ。

ガーランドは自分の左手の薬指にはめられたエンゲージリングを見つめた。
彼は今の地位を手に入れるために、ナオミを捨て今の結婚を選んだのだ。
今の彼ならナオミをもっと楽な地位へと就かせることができるだろう。
だが彼女はそれを望んでいないし、今でも現場を好んでいた。
彼女の笑顔が消え去ったのはガーランドの結婚が原因であることも確かだった。

ガーランドはまた彼女の幸せな笑顔が見たいと思っていた。

かつて2人で寄り添っていた頃のように。
もはや彼女と共に幸せを育むことは出来ないが、彼女を守り続けたいと今でも思っていた。
彼女の幸せのことを思えば逢わないことが一番なのだが、それも出来ない。
ガーランドにとってナオミは必要であり、断ち切ることのできない存在だった。
彼もまた弱い人間なのだ。
ガーランドはナオミがドアから出るのを見送ると、再び窓から外の景色を眺めた。
そして深い溜息をついた。

安堵の深い溜息を。

ナオミとガーランド





しばらく後ナオミは、自分のオフィスである犯罪抑制部門に戻って自分のデスクを片づけていた。

「さみしくなりますぅ。イマガワさん」

プラスチックのトレーに引き出しの小物を移し替えているナオミの側で、
部下の一人である小柄な女子社員が名残を惜しんだ。
「ここには今まで通り通うから大丈夫よ」
ナオミはやさしく笑う。
「じゃあ安心ですぅ。もう会えないんじゃないかと思いましたぁ。
 あ、じゃあまた料理の続きも教えてもらえるんですね?」
「ええ。彼においしいイタリア料理を食べさせてあげるのよね?」
ナオミは手を止めたまま、丁寧に女子社員に接していた。
「はい〜〜〜。こないだのチキンも喜んで食べてましたぁ」
「ふふ。でも私が見てなくてもちゃんと仕事するのよ」
「してますよぉ〜。早く先輩みたいになるんですぅ」


「ボクのことも忘れないでくださいよ。テニスでまだ勝てててないんだから」
少女の側でもう一人の部下の男が言った。
「もちろんよ。今まで通りここには来るんですから」


ナオミは2人の部下が立ち去った後、引き続きデスクの整理をしていた。
ふとデスクの脇に置いてある小包に目を止めた。
しばらく小包を見つめたまま考え込むと、デスクの上の電話のダイヤルを押す。
小包をデスクの上に置くとナオミは相手の応答を待つ。


「こんにちわ」

ナオミがそう言うと、電話の向こうからは元気な女の声が聞こえてきた。
ナオミは女に話しかける。



「CO2コーポレーションのイマガワです。

・・・・一度お会いしましたよね?

・・・そうですね。お元気にしてますでしょうか。

・・・ええ、・・・そんなつもりはないのです。

・・・ええ、個人的なお願いで申し訳ないですが。

・・・お願いしたいことがあるのです。

・・・・あなたも彼には久しぶりに会いたいでしょう?」







港では2台の動かなくなった車があった。
1台はガソリンが漏れ、もう1台はパンクしていた。
エアパトカーの赤と青ランプと警官達のしゃべる声以外は、あいかわらず静まりかえったうす暗い場所だ。

「平和になったもんだが、近頃は」

ドナヒューは火のついたタバコをくわえたまま、ガソリンの漏れる車の周りをウロウロしていた。

「誰様のおかげだ?」

ドナヒューはブラブラと歩き回りながら、独り言をブツブツつぶやいていた。
一人の警官がドナヒューを呼び止める。
「あの、警部」
「あん? なんだ」
「ガソリン漏れてるんでタバコは遠慮してください」
「いや、かまわんよ。気にしないように」
「・・・??」
ドナヒューは答えになってない意味不明な返答をすると、
パトカーで端末を操作するもう一人の警官にしゃべりかけた。

「どうよ、何か分かったか?」
「警部、盗難車ですね」
「ふん、やっぱりな」
「銃撃戦でしょうか?」
「ないな、撃ち合った形跡は」
「血痕もありませんね。なんなんでしょう?」
「よそもんの仕業よ、事件は大抵な」
ドナヒューはくわえていたタバコを海に吐き捨てると言った。


「させんぞ、勝手なマネは。オレの街で」



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