チャプター6

 

●前回までのあらすじ
ジョンは賞金稼ぎという職につきながら、常に殺し屋に狙われる危険があった。
それは過去に彼がしてきたことへの、ギンディという男からの報復と因果だった。
そして今また一人の殺し屋を返り討ちにしたものの、逃れられない過去の呪縛を呪う。
彼は酒に溺れながら亡き妻に思いをはせる。




ホッファとリザードマンは根城である廃屋のクラブで、
オレンジの操作する端末のモニターに映る映像を眺めていた。
オレンジはディスクの暗号化されたデータを解読して閲覧出来るようにしていた。
解読されても続々と画面に流れる意味不明な方程式や記号、そして実験映像に映る器具やミクロ映像など、
ホッファとリザードマンにとっては退屈そのものであった。


「見れるようになってもまだ暗号みてぇだな。退屈でしょうがねぇ」
リザードマンはあくびしながらつぶやいた。
「だがこれを欲しがってるヤツらがいくらでもいる。どうだ、おまえサバけるだろ?」
「ああ、まかせとけ。しばらくしたらあちこちから金をせしめてきてやるよ」
「あちこち? 方々に売る気か?」
「もちろんバレる前に企業と裏の両方にな。おまえが想像するよりずっと儲けられるぜ」
「期待してるぞ」

オレンジは黙々と画面を流れる文字や記号を事務的な動きで処理し解読している。


「くそぅ、またか」
リザードマンは小刻みに震える右腕をもう片方の腕で押さえた。
逃亡する時に自ら切り落とし機械化した。
リザードマンは不意に不調をきたすその右腕に悩んでいた。
しかも最近その頻度が上がっている。
リザードマンはもともと肉体の機械化には抵抗がなく、
自分の体を出来る限り改造してもいいと思っていた。
実際、人間の身体能力を遙かに凌駕するそのパワーと性能には惚れ惚れするものの、
まだまだ今の技術には欠陥があった。
ロボットであったり、普通のメカニカルな義手程度のレベルなら問題はなかった。
それなら生身の肉体と完全に切り離されたただの道具である。
火であぶられようがナイフで斬りつけられようが何も感じない。
ただの機械なのだから。
しかし、それだと生活に支障が出てくる。
たとえばリザードマンの右腕は、高度なバイオ技術と機械技術と現代医学の粋を集めた、
見た目も性能も繊細で本物そっくりの腕だ。
もちろん感覚だってある。
人工組織と機械を巧みに混合させて、なおかつ生身を遙かに上回る強度を持つパーツに仕上がっている。
その上には人工皮膚がコーティングしてあり、とても義手だとは思えない。
時たま起こるこの不具合さえなければ完璧な体であった。
“このディスクの中身がそれを解決してくれることを祈るぜ”
大金をせしめられる上に自分の腕も治る。一挙両得とはこのことだ。


「体の機械化にゃあこがれたもんだが、なんだろうな。イマイチ生身の部分に馴染まねえんだよな」
「この前も言ってたな」
「このたまの不調さえなけりゃな・・・。
 オレはこのディスクを売った先で自分のも直してもらうつもりだ。
 この不具合さえなけりゃ他の部分だってパーツに変えてもいいんだが」
「オレにはわからんな。自分の体にヘンなもんくっつける感覚がな」
「まぁ、さすがにオレも脳みそまで取り替える気はないけどな」


反応のズレやたまに起きる動作不良は体の機械化を進める者にとっては悩みの種だ。
それは例えば読書の時に次々と湧き出ては滴り落ちる汗のようなものだ。
生活に直接支障があるというものではないが、確実に集中力を下げ違和感があり、何より不快なことなのだ。
その些細な問題を解決することが機械化する人間達には渇望されている項目であり技術なのだ。
しかしその問題を除けば能力は確実に底上げされ、パーツによってはその者の潜在能力を高めることができる上、
生身と機械化の違いもわからないほど精巧なため進んで機械化する者も多い。
それは筋肉から臓器、神経回路にまで及ぶ。さすがに脳をいじろうとする者はいないが・・・。


「まずはオレが医者にかかりたいもんだ。
 このデータの通りだと他の部分も機械化を進めてもいいな。その前に−」
「あの賞金稼ぎと女か?」
「そうだな」
「それを片付けてからでないと厄介だな」
「さて、ホッファよ。どうやって殺るか」
「おまえは賞金稼ぎに。オレは女に狙われてる」
「ホッファ、あの女はなんなんだ?」
「わからんな。オレは見てないからな」
「心当たりはないのか?」
「ふむ、わからんな。心当たりありすぎてな」ホッファは無表情に言う。
「アハハハ、お互いヒデェな」リザードマンは高笑いした。
ホッファは微笑むとタバコを取り出し火をつけた。
あたりにもうもうと白い煙が立ちこめる。


「なぁ、ホッファ。そのタバコなんだけどな」
「なんだ?」
「なんでそんな甘ったるいの吸ってんだ」
「おまえも吸ってみるか?」
「やだよ。臭ぇよ」
「なんだ、こういうのおまえ嫌いだったか。インデネシアでな、甘いのはバニラだ」
「あぁ〜、ダメダメ。気分悪いや」


「ホッファ、済んだよ」
オレンジはホッファの方を向き声を掛けた。
どうやら作業が終わったらしい。
「よし、さすがだ。おまえはホントに役に立つやつだな」
ホッファはオレンジの頭を子供のように撫でてやった。


「なんにしろ待ってればあちらさんからやってくるさ」
リザードマンはホッファの吐いた甘い香りのするタバコの煙をうっとうしそうに手で払いながら言った。







・・・ここはどこだろう?



バレリーは見知らぬ深い森の中を歩いていた。
辺りは深い霧に包まれている。
鬱蒼とした木々に囲まれた見渡しの悪い景色の中を歩いていると、
その視線の遙か先に民家が見えた。


民家に近付くと一人の少女が膝を抱えて泣いている。
バレリーは少女に歩み寄ると声をかけた。
「どうしたの? 何を泣いているの?」
少女はバレリーに気が付くと口を開いた。
「お家のかわいい子羊が狼にさらわれちゃったの」

「その狼はどこに行ったの? あたしが助けてきてあげるから泣かないで」
バレリーは泣きやまない少女の頭をなでてやり微笑むと、
家の側に立て掛けてあったスコップを手にし、更に森の奥深くに入っていった。



「アンタ1人で大丈夫かい? オレが手を貸そうか?」
大木の高いところから見下ろす赤い目をしたフクロウはバレリーに言った。
バレリーはフクロウを無視して歩く。
フクロウは邪悪そうに耳元まで裂けた口元を歪めてニタリと微笑んだ。
フクロウの腹に埋め込まれた時計の針は3時をさしている。

バレリーは霧の中に消えていった。
辺りは途端に真っ白となり、バレリーの意識も空白になった。



気が付くと目の前に血だらけの狼が横たわっていた。
バレリーの震える手の先にあるスコップには狼の血がベットリとついていた。
意識はなかったがバレリーは狼と戦い、知らぬ間に倒していたようだった。
横たわる狼はぴくりとも動かない。

「・・・・やったのね?」


静まりかえった森の奥深く、バレリーは狼を見つめた。
すると狼の腹は小さな機械音を立て、何かのフタのようにパカッと開いた。
中からは子羊が無傷の状態で出てきた。
子羊に傷はないようだが衰弱し息も絶え絶えだ。
バレリーはとりあえずは子羊の無事を安心して笑顔で歩み寄った。
子羊は震える体でバレリーをゆっくりと見上げると言った。

「・・・人殺し・・・」

そう一言つぶやくと子羊は息絶えた。
バレリーは息絶えた子羊を呆然と見つめながらうろたえた。

「・・・違う。こいつは人なんかじゃない。
獣よ。それにあたしはあなたを助けようと・・・」


狼はうつぶせだった顔を180度回転させてバレリーの方に向けると野太い声で言った。
「すっきりしたかい?」

狼の顔はバレリーだった。
血しぶきを浴びて、青い顔のまま恍惚の笑みを浮かべるバレリーの顔がそこにあった。
バレリーはスコップを地に落とし絶叫した。


森の中へ

        ・
        ・
        ・
        ・
寝汗で体をぐっしょりと濡らしたバレリーは呆然と目の前の壁を見つめていた。
壁に住みついたもみじ形のシミと、
つけっぱなしのテレビからがなり立てる新興宗教の教祖の甲高い声の演説が、
バレリーにここが現実なのだと気付かせた。


「・・・夢か」


右手で額の汗を拭うと、床に脱ぎ捨てた衣服と共に転がっている拳銃が目に止まった。
あたしは今までずっと触ったことのなかったこんなものをなぜ振り回すようになったのか?
撃つことはおろか触ったこともなかった・・・いや、一生触りたくなかったこんなものを。
なぜ目の前に見える幸せが突絶崩れ去ったのか?
あたしはこんなところで一体何をやっているのか?
今のあたしは正気なのだろうか?
バレリーは殺されたフィアンセのことを思いだしていた。

        ・
        ・
        ・
        ・

「え? 何て言ったの?」


けげんそうに首を傾げるバレリーにロイドは微笑みながら解説してやった。
「おまえには難しすぎるかな。
分かりやすく言うと人間の細胞と人工組織や器官とを調和させる仕組みさ。
細胞達は体の中に異物を感じ取ると外へ出そうとする作用が働くよね?
人工組織は本物そっくりだけどニセモノはニセモノなんだ。
そのニセモノだと細胞達が気付くと、体から拒絶されてしまうわけだよ。
今まではそれをニセモノだと分からないように偽装信号送ったり
プログラムを組んでたりしてたんだけどそれが必要なくなったんだ。
特別に生成が難しい薬品も必要ない。」

「ふぅん。あなたの言うこと聞いてると人間の体も機械みたいだね」
「そうだよ。人間の体は精密機械なんだ」
「じゃあ完全な人工パーツが出来るようになるってわけね?」
「それが完全でもないんだ」
「へ? 完全じゃなかったら今までと一緒じゃない?」
「“ほぼ”完全ってことだよ。人間の作るものに完全な物なんてないんだ。
 極めて精度が高いってことさ。でもボクの研究にはそれ以外にも画期的なことがたくさんあるんだ。
 でも話すと長くなるから・・・」

「もういいわよ。たぶん聞いてもわかんないし、映画に遅れちゃう」
バレリーは笑いながら答えた。

「気をつけなければいけないのはこの成果が裏に回らないことだね。
 人体改造や強化パーツ、サイバノイドは裏社会でも流行だからね。
 犯罪者にとって屈強な体は大きな自信で凶器なんだよ」
        ・
        ・
        ・
        ・
・・・ホッファ・・・フィアンセのロイドを殺した男。

フィアンセであるロイドがホッファと出会ったのは、
ロイドが研究の成功を喜び、行きつけの酒場で酔っ払っていた時だ。
ロイドはもともとお人好しで世間知らずなためなのか、
酔ったせいなのかあの男と仲良くなってしまった。
あいつは人の心に忍び込むのがうまいヤツだった。

その後何度かホッファはロイドを訪ね、2人は意気投合したようだった。
いや、そのようにあいつが振る舞っていただけだろう。
あたしもその時に一度会ったのだ。
その時のホッファは物腰もやわらかく紳士的で、あたしもあいつが悪人だとは思わなかった。
ホッファは自分のことを製薬会社の者だと言った。
そしてホッファはその研究成果が金になることが分かるや、面倒なプロセスを一切無視した。
仲間を使ってロイドを殺し、記録データの入ったデータを奪ったのだ。
仲間の研究員3人も殺され、研究所は跡形もなく燃やされた。
警察は証拠を見つけられず、もしくは賄賂をもらっていたのか捜査も早々と中断され、あいつも行方をくらました。



ロイドは研究に全てを費やしていた。
科学に全てを捧げた人間だったが、そんな彼をあたしは愛していた。
ロイドは科学のほかで唯一あたしのことを欲してくれていた。
こんなあたしでもいい、過去のことなどどうでもいい
と言ってくれた。
“この研究が成功すれば結婚しよう”
彼は子供みたいな笑顔であたしの手を力強く握りそう言ってくれた。

もう彼のあの無邪気な笑顔は見ることができない。
あの男がロイドとあたしの夢を全て奪い去ってしまったのだ。
私は必ずこの手であいつにトドメをさしてやるんだ。
私は体の震えを止めなければならない。
ヤツラと対峙する度に恐怖で震えるこの体の弱さを。
もう後戻りできないかもしれない。
でももういいんだ。


あなたの死と共に私の中の何かが消えてしまった。
今はあなたとの思い出がただ痛い。
まだあなたの死を受け入れられないんだ。
まだ私の肌にあなたの残り香を感じるように。







人混みを歩いていた帽子を被った男は、一人の少女と擦れ違いざま肩がぶつかり少女の姿を目で追う。
黙ってスタスタと通り過ぎる少女に帽子の男は悪態をつく。

「おい! 詫びもナシかいな!!」

「まぁええやん。いちいちケンカ売っとったらキリないで」
隣を歩く友人の男は帽子の男をなだめた。
「都会のヤツぁ、みんなこうなんかいな。ホンマ挨拶もロクにでけへんヤツばっかやろ」
「気にすんなや。それよりお楽しみスポットいうんはまだかいな?」
「おお〜、このへんやったんちゃうかいな。確か“heaven's gate”ちゅうデカい看板あるはずやで。
 その先や、18ムスメ達の天国は〜」
「もっと郊外やないか? しかし、オバンばっかの店はもうこりごりや。それよりお前金忘れてないやろなぁ?」
「おお、当たり前やろが。今から楽しみに・・・」
帽子の男は内ポケットに手を入れた途端、言葉が止まった。
あわてて他のポケットも探ってみたがやはりそうだった。
内ポケットにあったはずのサイフはそこになかった。

「くそ。今のガキ、サイフをスリよった!」


少女は路地に入りしばらく歩くと、アイスキャンディーの屋台の前で足を止める。
「ん〜〜・・・、そのオレンジとストロベリーのちょうだい。それとチョコの2つとミントのやつ」
店のオヤジにそう言うと今盗んだばかりのサイフから紙幣を取り出した。
「おつりはいいや」
店のおやじに金を払いキャンディーの入った紙ボックスを受け取ると路地の奥に向けて足を進める。
少女は陽気に肩を左右に揺らし、リズミカルに歩きながら鼻歌を歌い出した。


「♪んあなたぁを想ってここまで来たぁのぉよぉ〜〜♪」







小さな物音に体だけが鋭く反応していた。
ジョンは寝ぼけまなことはいえ、反射的に銃をドアに向けていた。
ジャネットは目をまんまるに開いて、自分に向けられた巨大な銃を見つめた。

「あたしよ! ジャネットだよ!!」

ジョンは薄目でジャネットの姿を確認すると銃をパッタリとベッドの上に置き、再び目を閉じた。
「・・・どうやって中に入った?」
ジョンはしゃがれた声で言う。
タバコと酒のやりすぎだった。
「ノックしてもチャイム鳴らしても出てこないから、ツールでこじ開けたんだよ」
ジャネットは部屋に忍び込むことくらいお手のものだった。


「なんだ・・・? なんでここがわかった?」
「ナオミが教えてくれたんだよ」
「・・・ナオミが? なんで?」
「自分で出て来れなくなったんで、あたしに代わりに行ってくれって頼まれたの」
「・・・おまえに? ナオミのやつ何考えてんだ」
「あたしも来たかったから喜んでOKしたの。」
ジャネットは両手で抱えていた買い物袋とバッグとキャンディーの箱を床に置いた。


「きゃっ!!」
改めてジョンを見たジャネットは声を上げた。
ジョンが細身のブリーフ以外、何も身につけていない。
ジャネットは目のやり場を困らせた。
「もう! 何か着てよ」
ジョンはのそのそと起きあがるとベッドに腰掛け、かったるそうに頭をぼそぼそと掻いた。
「これ食べよ。そこで勝ってきたの」
ジャネットは外で買ってきたアイスキャンディーをジョンに手渡した。
ジョンは口に頬張るが、あまりの冷たさに歯と頭が悲鳴を上げ眉をしかめる。
そんな様子をじっと見つめながらニコニコしていたジャネットは、手にしていたバッグをジョンに渡す。
「重たかったよ〜」
ジョンはしばらくそのバッグを焦点の定まらない目で眺め、タバコを取り出しマッチで火をつけた。
しばらくしてからジョンはタバコの煙に目を細めながら、バッグを開けてその中身を確認してみた。


バッグからは、ハーブ味のキャンディー(リラックスできるという)・圧縮野菜と圧縮フルーツ・
2日酔いの薬・そして口臭消しなどが入っていた。
あと意味不明な銀色で薄っぺらな缶が何個か、それと弾薬の入ったカートリッジが数個束ねてあった。
銀色の缶とカートリッジはピートからのようだ。
ジョンはそのうすっぺらな銀の缶を手にとり眺めた。
「改良したのか・・・。軽いな」
銀色の缶はちょうど女性の化粧用コンパクトのように見える。

それからジョンはバッグの中から小さな紙きれを見つけた。
その紙にはこう書いてあった。


“スタッカーさん、何度も言いますが
あなたに渡したGPSの通話モードのスイッチは
いつもONにしておいてください
アクセスはフリースルーになってます
こないだのバイクと被害届の件は処理しましたが
カルロスの店の物損の件はどうにもなりません
申し訳ありませんが
これはご自身で解決ください
それと深酒とタバコの吸い過ぎには気をつけてください
ヤニは歯を悪くするんですよ
       ナオミ”


ジョンは鼻をフンと鳴らした。

ジャネットはバッグと共に持ってきた買い物袋をキッチンに置くと言った。
「それからナオミさんが“GPSのスイッチ入れておけ”って」
「・・・知ってるよ。今読んだ」


ジャネットはキッチンからベッドルームに戻ってくると、ジョンの顔に近付いて思わず叫んだ。
「うわっ、酒臭っ!」
ジョンの口からは昨晩の酒の臭いが立ちこめている。
「また飲んでたのっっ!?」
ジョンはベッドに腰掛けたまま頭をボリボリと掻いた。
「このダメなヤツめ!!」
ジャネットは冗談めかしにジョンを叱った。

そしてしばらく見つめた後ピョンとジョンの横に腰掛け、ジョンの首に両手を回し抱きつく。
「会いたかったぁぁん、ジョニー!」
「やめんか、ブリッ子しやがって。気色の悪い」
「ちぇーー、なんだよ。こんな遠くまで会いに来たってのに」
ジャネットはわざとふてくされて見せる。
「でも女らしくなったでしょ?」
「ああ、そうだな」
「そうだよ。ただいま熟れ頃よ!」
そう言うと自分の胸をジョンにぴったりとくっつけ屈託のない笑顔で言った。
「何言ってんだ。10年早いわ」
そう言うとジョンはジャネットの体を離し、彼女の尻をポンと軽く叩いた。

「きゃっ!」

思わずジャネットはかわいらしい声を上げてしまった。


“性格は男みたいでも一応女なんだな”

ジョンは目いっぱい背伸びしたがるちっちゃなジャネットを見て納得した。
さっき自分の胸に密着した胸の感触も、以前のまな板みたいなものと比べると
格段にボリュームが増していてふにゃりと柔らかかった。

「“きゃっ”か・・」ジョンはつぶやく。
「くそー。バカにしたな」
ジャネットはふくれっ面して見せる。

「おまえ今日は学校じゃないのか?」


ジャネットは思わぬジョンの問いに表情を強ばらせる。
「・・・休みだよ」



「本当のことを言わんか」
「ホントだってば。今日と明日は連休なんだって」
「平日だろ。なんで休みなんだ」
「え・・と・・学園祭。そう。学園祭なんだ」
「コノヤロ、おまえのウソはわかりやすいんだよ。ちゃんと勉強しろって言ってるだろ」
「くそぅ、バレてたか・・・。大丈夫だよ、単位はとってるから進級は大丈夫なんだ」
「ホントか?」
「うん、ホント」
ジャネットはからくり人形みたいにコクリと頷いた。
「しょうがないやつだな。学校休んでこんなとこ来るな」
「だってぇ。だって、最近ジョニー仕事ばっかで家に帰ってこないじゃない」
ジャネットはまくしたてた。
「ピートはいつでもジョニーに会いに来れるけどさ。 ジョニーがどこにいるかも分かんないんだから。
 もうずっと会ってないじゃない。あたし会いたいんだよぅ。もっと帰ってきてよぅ」
ジャネットはまるでタダっ子のようだったが、それはふざけてるのではなく本心からのようだった。
「わかった、わかった。悪かったよ。でも学校はちゃんと行けよ」
「・・・うん、わかった」
不良で男勝りなジャネットもジョンの前では素直だった。


ジャネットはジョンを心から慕っていた。
不思議な縁である。
数年前ある街でジョンのサイフをスろうとして捕まえて以来のつきあいだ。
その時は路上を徘徊し、観光客のサイフや持ち物を盗むようなグループのリーダーだった。
ジョンはジャネットにまともな生活をさせようとしてきた。
学校に行くようにも説得した。
家庭環境がすさんでいたこともありかなりグレていたが、
根が悪いわけではないので立ち直るのは早かった。
しかし、いい子ちゃんの多い学校には最初は大いに戸惑ったようだ。
今ではうまくやっているし、友人も多いと言う。
がさつな性格ではあったが、明るく快活で面倒見のいい性格だから人気者のはずだった。
ストリートでの様子を見た時からもそれはすぐに想像できた。
その点に関してはジョンはあまり心配していなかった。



「おいしいもん作ってあげるからねっっ!」
ジャネットはそう言って、小さなキッチンで買い物袋から食材を取り出し料理を始めた。
何を買ってきたのか分からないが、食材を包丁で刻む音は不規則でぎこちなかった。
しばらくするとフライパンに火を通しているようだったが、
一体何を焼いているのか、ベッドに腰掛けたジョンからは見えなかった。
ジャネットはしばらくキッチンで調理していたが、
その間“あちっ!”とか“あちゃー!”とか言う声と、皿が床に落ちる音などが聞こえてきた。



ジョンはGPSを取り出し、変えると起動して通信モードに変えた。
コール画面がしばらく続いた後、画面にナオミが映った。

「こんばんわ、スタッカーさん」
「こっちはもう朝だよ」
「荷物は届きましたか?」
「ああ。何も今届けなくてもいいもんだが」
「ええ。それはおまけです。用件はメモに書いてあったことです。
せっかくのハイテクもスイッチが入ってないのでは意味がありませんよね。面倒なのは分かりますが」
「ああ、悪かったよ。」
ナオミと問答する気はなかった。ナオミと口論で勝てたためしはなかったし、第一今は頭が猛烈に痛い。

「あなたのGPSは最新式で、以前のものとは比べ物にならないほど多機能です。
 きっとあなたを助けてくれます。だからよくマニュアルを読んでおいてください。」
・・・ホント、サラリーマンみてぇだ。


「順調ですか?」
「一度接触した。リザードマンとホッファと。仲間は7人いたが今は6人だ。」


実はナオミのこの情報収集や連絡などは、通常のエージェントの業務を超えたものだ。
エージェントの業務はBHへの指示とクライアントとの交渉が大半であり、
実際前任のエージェント(イチローという)の時はここまでのことはしてくれなかったしする必要もなかった。
どうやらナオミは自分の意志でやっているようだが、管理されてるような錯覚を覚える時があり、
ジョンは正直気分のいいものではなかった。
イロイロと助かっているのは確かなのだが。


「あとホッファを狙う女がいる。その女もディスクを狙ってる。
どうやらディスクの持ち主のフィアンセらしい」
「持ち主? 殺害された研究員ですか?」
「ああ。ホッファの命も狙ってるようだ」
「厄介ですね。その件は困難であれば忘れてください。只のボーナスなので。
 本命はリザードマン確保です」
「取り巻きの6人とホッファが問題なんだ。今回は簡単にいかないな」
「それもそうなんですが、ドナヒューという警官には気をつけてください」
「一度会ったが、なんで?」
「調べてみたのですが、街の犯罪者と癒着してるようなので厄介にならなければいいんですが・・・」
「そんな感じだったな」
「昔は街の治安に貢献した人格者だったらしいのですが、
 今は賄賂をせしめて私腹を肥やしているようです」
「ああ、覚えておくよ」


ジョンはしばし考えた後に言った。
「・・・姉の様子はどうだ?」
「2日前に面会に行きましたよ。フローレンスさんはここのところ調子いいようです。
 相変わらず右手の痺れははとれないようなんですが」
「・・・そうか。いつもすまない」
「・・・・でもお花はご自分で届けられたほうがお姉さんも喜ぶと思うのですが・・・。」
「・・・うん。帰ったら会いに行こうと思ってる」


“風邪ひくから寝る時は服着るように言ってるんだけど”

モニター越しに力なく微笑むジョンを見つめながら、
ナオミはジョンの姉フローレンスが弟を心配して母親のようにつぶやいた言葉を思い出していたが、それは口に出さなかった。


フローレンスはジョンの姉である。
病のためにスポンサーの経営する病院から出ては生きていけない体だ。
母性愛が強く心優しいフローレンスはナオミの亡き姉を思い出させた。
ナオミはそんなフローレンスに会うため、用事の有無を問わずに“ジョンには内緒に”施設に足を運んでいた。

ナオミはフローレンスと居ると心が安らいだ。
自分の中の汚れて屈折したものが洗い流されていくような気がするのだ。
昔ナオミはフローレンスに言われた。
「頭の悪い弟をよろしくお願いしますね。口は悪いしやりにくいと思いますが悪人じゃないんですよ」
なんだかちっちゃな息子のことを頼んでいるようでその時は笑ってしまったのだが、
今のナオミのジョンへの職務を超えて行動はその言葉とは別な自主的なものであった。
が、ナオミも自分のその行動が何故なのかは分かっていなかった。


「酔い醒ましの薬を入れておいたので飲んでください」
ナオミはトロンとして気分の悪そうなジョンの顔を見て言った。
「ああ」
眠そうな半開きの目でモニターを見つめ返事するジョン。
「おやすみなさい、スタッカーさん」
ナオミは微かに口元をゆるめ微笑むと通信をOFFにした。



「ねぇ、ジョニー。泊まってっていい?」
ジャネットが再びジョンの横にピョンと腰掛けると明るく言った。
「ダメ」
ジョンは吐き捨てた。

「えぇーー!? なんでぇーー!?」
「おまえ、オレの仕事がわかってるか? アブナいんだぞ」
「大丈夫だって。ここでじっとしてるんだから。それにアブナいのはストリートで慣れっこだし」
「ダメ」
「いいじゃないよぅ」
「ダメ」
「ねぇ、お願いだからぁ」
「ダメなの」
「せっかくさみしいジョニーを慰めてあげようと思ったのにぃ」
「そういうことばっか言うんじゃない」
「じゃ、なんか着てよ。そんな格好してるから変な気になってくるんじゃない」
ジャネットのジョンへの感情は友人のような、家族のような、また父親のようなものであるが、
同時に男としての愛欲・性欲の対象でもあった。
もちろん2人がそんな行為に至ったことはないし、
ジャネットも冗談ではそういったことを口にするものの、それを実際に行動に移すようなことはなかった。
ジャネットもジョンの今は亡き妻ルシィのことが大好きだったし、彼女のことも慕っていたからだ。
ルシィの死はジャネットにとっても衝撃であり、
ジョンのあまり人に見せない苦悩や涙も人知れず見てきていた。
ジョンが首からぶら下げているルシィのペンダントを見る度、
ジャネットはその女としての欲望をそっと胸の奥に隠してしまうのだ。



ジョンのほっぺたにキスするとそそくさと出ていくジャネット。
「早く帰ってきてね!」
ジャネットはニッコリ笑うと元気に手を振ってから部屋から出ていった。



再び一人になり、静寂に包まれた部屋でジョンはポツリとつぶやいた。
「・・・腹減ったな」

キッチンに行くと、さっきジャネットが作ってくれた料理が皿に盛りつけて置いてあった。
それは魚のような、ダンゴのような色形をしていた。
フォークをとり、その料理を一口食べたジョンは思った。

“作った料理を人に出す前にどんな味なのか確かめる行為を味見という。
 あいつ、その味見って言葉を知ってるのかな?
 これは何だ? さっきオレがあいつをからかったことへの仕返しのつもりか?”


その料理が本当にジャネットからジョンへの仕返しのためのものだったのかは分からない。
ジョンは一口でそのあまりのまずさに顔をしかめたが、
少し考えた後にその“得体の知れない物体”を一気に口の中にかきこんだ。
ジョンの喉はゴクンと大きな音を立ててその物体を飲み込んだ。
まるで昨晩の酒が再びぶり返して来たようだ。
ジョンは気分が悪くなった。




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